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2007年12月28日 (金)

日本の弓道(五)

 弓道部顧問のイシイは弓道をやったことがない人で、練習には出てこない。
 試合の日だけ引率に来て「リラックスしていけ」と言うだけだ。

 僕らは試合が近くなると、市営バスに乗って市営弓道場に通った。
 有段者の顧問がいる学校は希で、近くの他校の選手も集まってくる。
 初めはライバルの西高も来ていたのだが、西高には立派な弓道場ができて、そのうち来なくなった。

 道場には有段者の師範がいて、無償で指導してくれた。
 師範たちが日頃、何をしているのかに思いをはせたことは無かったが、大半は60歳を過ぎ、会社員であれば定年を過ぎた人たちだったのだろう。

 「もっと胸を張って!」
 そう言いながら、両手で女子の胸を後ろからつかみ、ぐいと反らす師範がいた。胸当てをしているから、絵的に嫌らしさは薄れるのだが「あれもアリなのか?」と僕ら男子は目が点になった。

 「君は大きく、伸び伸びと引いているな」
 イケダ師範はそう言って、今後の伸びしろに期待してくれた。
 「引きすぎなんだよ」とやっかむ先輩がいたほど、イケダ師範は僕を特に誉めてくれた。
 いろいろな師範がいる中で、僕はイケダ師範が大好きだった。
 彼は射場以外ではいつも微笑みをたたえ、力任せと技巧しか頭にない小坊主のような僕らに、わかりやすい言葉で接してくれた。
 今でいう「全然だめ」「なっとらん」といったマイナス言葉の矢が、彼から発せられた記憶がない。

 練習では矢を4本持って射場に入る。
 位置につくと2本を揃えて床に起き2本を持つ。
 これから打つ1本を弓につがえると、次の1本は右手の薬指と小指で筈を握りしめて持つ。テニスプレーヤーがセカンドサービスのボールも一緒に握っているようなものと思えばいい。
 2本打ち終わると、かがんで床に置いた2本を拾う。

 打った後は、替わりばんこに矢取りに行く。
 側道を通り安土のそばまで行き、選手たちがきりよく4本打ち終わるまで、高速で的に突き刺さる矢を間近に見ている。
 的に当たれば「射」「正」と声をかける。
 ゴルフのグリーン上で言う「ナイスイン」のようなものだ。

 「ナイスショット」は、タコ踊りみたいなフォームで打っていても、取引先には全打言わなければならないが、ホールにボールが入ったことを賞賛する「ナイスイン」は誰の目にも明らかな事実。
 言わなければいけないわけではないが、礼儀として定着している。

 きりがよいところを見計らい 「ぱんぱん」 と大きく二拍手してから安土に入る。射手にこれから人が立ち入ることを知らせ、もう打ってはいけないという合図。
 競技と違い、練習では打つ順番もまちまち。一人が退場すると次の選手が空いた立ち位置に入ってくる。矢を回収するためには、矢の切れ目をどこかで作らなければならない。

 それでも何度か、まだ選手が八節の途中なのに矢取りが入り、周囲が大声で退避を促すという光景があった。
 二拍手は、事故を防ぐために欠かせない運用ルールなのだ。

つづく



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