日本の弓道(十四)
「やりましたね」
立ち位置を替わってくれた気のいい後輩、ヤマダが声をかけてきた。
彼はここまで4射2中と好調を維持している。
一年前の高体連、僕は部内の競射では4位につけたが、その時は「3年生優先出場ルール」があり、この舞台を踏むことはなかった。
ただ一人、二年生でこの舞台を経験したヤマダが、この経験を来年につなげて欲しい。
などとは微塵も思わず、団体入賞のために、もっと中ててくれればと思っていた。
27校すべての2立ちが終わった時点で、団体戦は同点5位につけた。
後半に上位入賞、あわよくばインターハイ出場への夢をつなげる好位置だ。
この時、2立ち目を◎にして途中交代の悪夢を払拭した僕に、今度は「5割」の夢がちらつき始めていた。
我がなんちゃって弓道部では、皆が「5割」にステータスを置いている。
自身、これまでに出た部内の競射、年間4度の公式戦、西高との練習試合を通じて、一度も5割の壁を破っていない。
高校弓道最後の大舞台を夢の5割で終わる。
伸び伸びと弓を引き高く評価された時代から一転、途中退部や、早気のリハビリという紆余曲折を経た、我が弓道人生も終わりよければすべてよし。
残る2立ち4射で2本を的に中てれば、それは現実になる。
お母さんと呼びかけ、殊勝に弓を引いて数分も経っていないのに、僕は欲望の渦中にいた。
「残り4射のうち2本も外せる」
この時、そう考えていた。
「残り4射のうち2本も中てなければならない」
そうは考えなかった。
早気の僕には中りこそが奇跡であり、その奇跡を4回のうち2回も起こすと考えると具合が悪い。
あとの2中は、狙いにいくものではなく、神様からの頂き物のような感覚があった。
それは◎を記録した乙矢が的に突き刺さった時、感じたもの。
あと、2中・・
競技は間断なくつづいている。
各校は空いた時間で、思い思いの場所に陣取って、弁当を広げている。
僕らの弓道部は、3立ちの出番までの時間で昼食をとる。
旅館であつらえた弁当はおにぎりとタクアン、そして魚フライ。マヨネーズはついていなかった。
スポーツドリンクもペットボトル飲料もない。
水やお茶にお金を出すという価値観のない時代。
僕らは水道の水を飲んで、胸焼けを押さえた。
ほっとひと息をつくと、今朝までの追い詰められた気持ちは何だったのかと思えた。
予想外の不振で口数の少ないマツモトを除いては、皆の顔もゆるんでいる。
天才少女ミヤタは、途中出場できないことが確定した補欠タナカのことを気にしていた。
「出してあげたらいいのに。タナカくん、よく中てるのにね。」
僕の耳にも充分届く大きさの声だったが、僕は聞こえない振りをした。
タナカはお世辞にも弓道が上手くはなかった。
もし3年生優先出場ルールを堅持して、彼を起用したとしても、今よりよい結果が望めるとは誰も思っていなかった。
なぜ、ここに来てそんな理の通らないことを言うのか。
議論で負けることはことの他、嫌いだったが、その疑問は飲み込んだ。
大事な試合中に、互いの心を乱すべきではない。
と思ったのではなく、彼女はとても可愛かったのだ。
2年の時は同じ授業で日本史を習うことがあった。
密かに彼女を慕っていた僕は、ある日、彼女からノートを借りる作戦に出た。
その申し出を快く彼女が受けてくれれば、それは何かの始まりになるような気がしたのだ。
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