日本の弓道(十五)
弓道部の一つ上の学年では、男女の主将どうしが微笑ましい関係にあった。
小学生のうちは好き合っていることは隠すものだが、高校になるとそれがステータスに替わる。
つきあい始めると、堂々と一緒に下校したり、これ見よがしにいちゃついてみせるカップルが多いなか、この二人はつかず離れず、ジョニー・デップ小屋では好きあっているという素振りもみせない。
それが傍で見る者には、八重歯の可愛い女子主将の一方的な片想いなのかとさえ思われた。
豪快な性格とワイルドなルックスを持つ男子主将は、僕が少しでもそのことに触れると
「後輩にバカにされよるばい」
と細い眼をさらに細くして、ふてくされて見せた。
この二人を「美女と野獣」に例えるならば、ミヤタと僕は「美女と珍獣」くらいにはなれるかも知れない。
「ミヤタさん、日本史のノートいつも真面目に書きよるよね。おいあんまりとっとらんけん、一日貸してくれん?」
「うん、よかよ」
僕の心にバレンシア・オレンジが飛び散る映像が流れた。
当時テレビでそんなCMをやっていた。
バレンシアがスペインはバルセロナに近い海辺の都市名であることは、数十年経って知ったが、この時以来、バレンシアと聞くだけで前向きな気分になる。
だが、ミヤタは意外な行動に出る。
僕がしめた!と心で拳を握った瞬間、ミヤタは右手に消しゴムを握った。そして、ダッシュでノートを消し始めた。
あんた、なんば、するとね
とつっこめるはずもない。
まったく意味不明な行動だが、あのノートを一日分析すれば、その謎も解けるはず。
僕は数分間、消し続けるミヤタを見ない振りして、黙祷を捧げていた。
分析の結果わかったのは、ミヤタは授業中、陸上部のタカギのことを考えていたと言うことだ。
タカギは男も惚れるいい男。ルックスの良さもさることながら "あいつを嫌いなやつはこの学校には一人もいない" と言われるほどの、人間性を持っていた。 「ナイスラン」
「**くん、ファイト!」
少女の儚い恋心が、白いノートの罫にうっすらと残っていた。
美女は珍獣でなく、美男を求めていたのだ ・・・
そうした、心のかすり傷を瞬時に過去に置き去り、僕らに次の出番が回る。
そして、お昼過ぎの3立ちを終えた時、僕らの弓道部にはほとんど会話がなくなっていた。
*3立ち6射終了
ヤマダ 2
僕 2
サトウ 3
マツモト1
スズキ 4
主将のサトウ、2階建て打法のスズキがそれぞれ1中を得たのみ、1、2、4番の掲示板に×が書き込まれた。
この時点で団体戦上位進出の可能性は消えた。
団体戦といえども、弓道は個人のスポーツ。
敵となるチームの状態に左右されることはないし、相手との駆け引きも心理戦もない。
屋内競技であるため、天候に左右されることもないし、立ち順による運不運も限りなくゼロに等しい。
誰かのせいにできる要素はどこにもない。
ただ、僕らに力がなかった。
奇跡はつづかなかった。
相も変わらぬ早気フォームから射た甲矢(はや)は的の遠く右上、乙矢もまた同じ安土に刺さった。
なんだ?中んないじゃん
乙矢が僕の意に沿わぬ場所に収まったのを視認した時、なにかに裏切られたような気持ちが通り過ぎ、それは間もなく強い焦りに替わった。
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