日本の弓道(十三)
大三から少し引いたところで離す弓は変わらない。
高い位置から山なりの放物線を描いた早矢は、的の中心から右上に突き刺さった。
つづく乙矢は、的の中央やや上寄りに刺さった。
捉が記録された時、どよめきが聞こえた。
「あの型で中ることがあるのか・・それも連続で」
それは弓道の体を成していなかった。ただ結果だけを求めて脳が計算し、両腕に出した指示の産物。
この◎は早気を患った後、初めての捉だった。
前夜、これでつかんだと思えたのは、こういうことだったのか。
ここまで来たら、一夜にして早気が治るわけでもない。
総ドスで終わるくらいならば、型へのこだわりを忘れて、的に向かうしかない。
射場から出てきた僕に、控えていたタナカが声をかけた。
「やったじゃん!すごい、すごい」
彼は口でそう言いながら、無邪気に飛び跳ねている。
まるで、自分のことのように喜んでいるように見える。
ありがとうと応えたが、僕には彼の言葉が不思議だった。
僕が総ドスを食らえば、替わりに自分が出られるかも知れない。
僕がタナカの立場だったら、できれば外して欲しいと願っただろう。
確かにそれを、言葉にはしない。
そして、捉を出した正選手に、やったな、おめでとう
とは言えても、身体は飛び跳ねるのを拒否するだろう。
二立ち20射を終えて的中10。
我が弓道部は俄然、上位進出への勢いを得た。
5番に立つスズキは4射3中で個人優勝への可能性をつないでいる。
ただ一人、本来ならば稼ぎ頭になるべきマツモトが計算外だった。
最も強い弓を駆り、最も直線的な軌道を描くマツモトの矢は、一度外れ始めると修正が効かなかった。
どれも的枠のわずか5cmほど右下に集まる。
「それだけ一か所に打てるのなら、5cm左を狙えよ」
顧問のイシイがそう言った。チームメイトの僕らも、同じことを言いたかったが黙っていた。
それができない弓道というのもあるのだ。
マラソンはメンタルのスポーツだ。
言葉でもなんとなくわかるが、実際にやってみると、その意味がよくわかる。 だが、メンタルが強い、メタボリック症候群の人が、練習もせずに42kmを走れるかというと無理だ。
正確に言えば「マラソンはフィジカル7割、メンタル3割のスポーツ」なのだ。
弓道もメンタルのスポーツだ。
そして正確に言うならばフィジカル3割、メンタル7割のスポーツ」なのだ。
傍で観ている人が言うように、矢を射る毎に信念を曲げることができたら、それを賢い弓道というかも知れないが、求道の半ばにある者として、それはできないというこだわりもある。
人はそれを「頭が硬いだけだ」と言うかも知れない。
そして、その通りかも知れない。
だが、バカが死ななきゃ治らないように、頭の固さもそうは簡単に治らない。頭の固さを乗り超える時間というものが必要なのだ。
前半の二立ちを終え、最も成績が悪いのが、最も期待の高いマツモトということもあり、指揮官のイシイは言った。
「今日は交替なしでいこう。団体戦もいけるぞ。スズキはミヤタみたいに個人でインターハイにいけ」
そのまんまやないか!
というツッコミは当時まだ、この世に存在していなかった。
ただ、もしそれがあったとしても、それを言えるほど、僕らには信頼関係がなかった。
前年には、2年生でインターハイに進んだ天才少女ミヤタは、今年は女子の主将。だが、半数近い矢が矢道に落ちるメンバーを引き連れての心労がたたったか、冴えない中りに終始していた。
*2立ち4射終了
ヤマダ 2
僕 2
サトウ 2
マツモト1
スズキ 3
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