日本の弓道(十八)
何の余韻も残らない地味な弓道の後だというのに、女子二人はニコニコしてそこにいる。
イタリア人ならば、電話番号を聞かないのは失礼だと思ったかも知れないが、僕は九州の西のはずれの田舎者なので、なぜ、帰らないのかが不思議だった。
クラブは終わったんだから、早く帰って欲しいなと、顔に書いていたら、何かをあきらめたかのように「ありがとうございました」と言って帰って行った。
「足下に気をつけて」
森のジョニーデップ小屋から校舎へ戻る道は、ちょっとした獣道だが、僕はまだそんな気の利いた言葉を持っていなかった。
まだ、弓道部の後輩たちは顔を見せていない。
小屋を目隠ししている林の向こうから、グラウンドでアップを始めた陸上部のかけ声が聞こえてきた。
ふつうの運動部には準備運動、アップなるものがあるが、僕らの弓道部にはない。
後にまともになった弓道部では「逆さか」という伝説のしごきがあったらしいが、僕はその意味すらわからない。腕立て伏せの体勢で階段を逆に登るのだろうか。
矢立てから、かつての盟友を抜き取る。
試合用に温存していた甲乙の2本も、あちこち羽根が欠け落ちている。
安土から矢を取ってきたマツモトが矢道を戻ってくる。
右手には彼が駆使していたグラスファイバーの弓。
ここにはマツモトと僕の二人きり。
「いやぁ参った。あんた 本番につよかね」
高体連最後の4立ちを終え、僕は惜しくも届かなかった5割を惜しむ気持ちと、早気の割にはよくやった方だという安堵の気持ちを交錯させながら、帰り支度をしていた。
ヤマダ3
僕 3
サトウ4
マツモト2
スズキ5
エースとしての活躍が期待されたマツモトは2中。5人のなかでは最低の結果に終わった。
僕は決して「本番で実力を発揮するタイプ」などという気持ちの悪い人間ではない。
だが所在なげな彼の言葉には、あえて反論せず「そんなことないよ」とだけ答えた。
結果は自分の実力ではない。ただ大舞台に弱かっただけだ。
彼は心の中で、そうやって自分を慰めていたのだろう。
課外クラブも2学期になる頃には、すべてのクラブ員を的に向かわせる。
「一度弓道をしてみたかった」という運動万能な人は、この学校にはいないようで、矢が的に中ることはなく、その大半は安土を大きく超えて森に消えるか、矢道に落ちた。
いくつかの矢を森で見つけ、矢道に落ちた矢を拾う。
僕もつっかけを履いて矢道に降りて手伝っていた。
もう二度と、早気に苦しまなくても済む。
いっぱしの先生気取りで向き合う弓道に、居心地の悪さは感じられなかった。
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