かなんかで
「明日の作業なんだけど、佐藤さんと鈴木さんかなんかでやってもらえるかな?」
こういう言い方をする社会人がいる。
その心は
「作業は佐藤さんと鈴木さんにやってもらいたいんだけど、もしかしたら違う人に頼むべきなのかも知れない。でもそこのところがよくわからないから、もし違っていたら、あとはそっちで適当に頼むよ。作業が終わりさえすれば、文句言わないから」
というところだ。
こう言われた佐藤さん、鈴木さんはどう思うだろう。
「あなた達に任せる」
「あなた達が適任だ」
「あなたしかいないから、頼むよ」
と言ってくれれば意気に感じて取り組める。
その作業がたとえトイレ掃除であっても、四の五の言わずにやらなければいけないと思う。
(最近はお金が入ってくると言うことで、トイレ掃除というと喜ぶ人もいる)
ところが「かなんか」である。
佐藤という一人の人間と 「かなんか」 が同格なのだ。
「よくわからないからとりあえず」
「まぁ誰でもいいけどとりあえず」
とても、人としての価値を認められている気がしない。
作業そのものの格付けもよくない。
それがとても汚れた仕事のように感じられるのだ。
世の中のすべての仕事が、いかしたカッコいい仕事でないことは、長く社会にいれば誰もが知っている。
かっこよくなくていいから、その仕事の意義を高めて欲しいのだ。
その仕事をあなたがすることで、傍の人が楽になる。助かる。
それをやるのが、あなたたちなのだ。その一言があれば・・
これが、人をハンカチで使うということだ。
人の使い方には「雑巾」と「ハンカチ」がある。
まき散らされた汚物をハンカチで拭く人はいない。
「誰か、雑巾もってきて」
と言って、雑巾で拭くはずだ。
「かなんかで」と言われた人は、まさに
「そこらの雑巾もってきて」
と言われたのに等しい。
汚物はどこまで行っても汚物であることには変わりない。
要は、それを拭く仕事を雑巾に頼むか、ハンカチに頼むかという、心配りの違いが、人の心に浸みるのだ。
いつもはキレイな仕事しかしていないハンカチに、どうすれば汚れ仕事を引き受けてもらえるだろうか? と考えてみる。
では、どう言えばいいのか。
「明日の作業ですが、佐藤さん、鈴木さんで引き受けていただけると、ありがたいのですが、どうでしょう。もし、他に誰か適任の方がいるなら、自分から頼みますから、教えてください」
さて、こうやって 指摘されると 「かなんか。。」と言った上司は だいたい
「いや、心の中ではそう思っていたんだけどね」
と言う。
こういう上司ばかりの会社では、読心術を持った人じゃないと、良好な人間関係は築けない。
人事部は新卒の採用条件に 「読心術の能力」を入れなければならない。専門学校では「読心術マスターコース」が流行るだろう。
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