日本の弓道(十二)
僕らがお金を出し合って見る番組は、多数決でナイター中継に決まった。
試合は在京の贔屓チームがリードしていた。
このまま勝ってくれれば、明日の競技に勇気が湧く。なんとか逃げ切って欲しい。
だが、長崎県で野球が好きと言えばもうこのチームしかないわけで、結果がどっちに転んでも、誰かが有利になるといったことではないのだと、見ているうちに気付いた時、エースが外人に逆転ホームランを打たれ、そこでアナウンサーのナレーションとは異なる意思をもったテロップが流れ、番組は終わった。
長崎は「一部の地域」だったのだ。
100円玉でテレビが映る時間いっぱいまで、僕らはエンドロールを見ることはない映画を見ていた。
映画が終わると、僕らは枕は投げずに、6つ並んだ布団の上で口々に明日の意欲をぶつけ合った。
「残り全部中てる」
「5割は任せて欲しい」
「明日は中る気がする」
いつ「メンバー替わるか?」とイシイ顧問に言われるかわからない。
中間の4射が終わるまでは、誰も心の中にある不安を表に出せない。弱音は吐けないのである。
僕も何か強気なことを言いたかった。
だが、あと6射で3つは中てるといった口約はできない。
「今日で、つかんだ」
何年もやってきて、今さら何をつかむのか知らないが、少なくともその時僕はそう思っていた。
最後の一人が喋らなくなるのを確認すると、僕らは眠りに落ちた。
翌朝、長崎は快晴だった。
運命の二立ち。
温存してきた早矢と乙矢に声をかける。
「たのむぞ」
もちろん声に出した時点で、おかしくなったと思われるので、無言で語りかける。
頼むぞと言われて、金属製の物体が頼まれるわけがない。大人になった今ならば、もっと増しな声のかけ方を知っているが、この時はもう矢に思いを込めることしか思いつかない。
初日は1本を中てた先頭のヤマダが外した。
団体戦では、前の矢が安土に届いてから、次の射手が打ち起こしにはいる。
一定の制限時間を超えた時だけ、同時に射ることが指示される。
つづいて打ち起こしに入る瞬間、矢に頼むだけでは足りなかった僕は、思わず小声で呼んだ。
「お母さん」
そう言った瞬間、瞼が滲んだ。
父の命令で退部した後も、毎晩帰りが遅い僕に、母は一度も理由を質さなかった。
弓でメガネを吹っ飛ばした時も、すぐに同じタイプのメガネを買ってくれた。
途中からは、父も気付いていたはずだ。
だが、無断で部活に戻ったことは、あれから長い年月を経た今も、一度も話題にのぼっていない。
母にこの矢を捧げると思っていたわけではない。
力を借りたかったのだ。
この時は、ただ結果が欲しかった。
ここまでやって来た弓道生活の締めくくりを、××で途中交代にはしたくなかった。
我が弓道部の二立ちめが終わった時、掲示板の二番には◎がはいっていた。
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