自転車が飛び出してこない平和な道 38km→40km
38→39km
コースは田舎道を後にして、片側1車線(対面通行)の道路へと交差点を左折する。
交差点の内側より、さらに内側の歩道をショートカットしていくランナーたち。
あれは正確に言えば失格ではないのか。
係員はほとんど立っていないので、そんなの関係ねぇとばかりに、皆が最短距離を行く。
交差点を曲がって、死角だった景色が広がるのは初体験。
荒川、湘南は一本道の往復コース。交差点や死角がなかった。
ただここで、遙か彼方までつづくランナーの列をみて、愕然とする。
見通しがよいのは、ランナーにとっては良くない。
湘南(第1回)では折り返してすぐ、遙か彼方にゴール地点の江ノ島が見えた。
マラソン雑誌のプレビューでは「折り返してすぐ、江ノ島が見えて、ゴールが近づいてくるのが勇気になる」と書いてあったが、とんでもない。
これから、あんなに遠くまで走るのかと思ったら、気絶しそうだったので、すぐ江ノ島から目をそらした。
金メダルを賭けて競うアスリートのレースならば、先を行くランナーの姿を捕らえやすい直線は勇気になるだろう。
だが、素人にとっては、見たくないものだらけ。
遙か彼方には、スタート直後の2km地点で登った陸橋が見える。
もしかして、これからまたあれを渡るのか・・ぞっとした。
結局、帰りのコースは違っていて、陸橋は渡らずに済んだ。
東京マラソンを走ったランナーは、終盤に続く橋の上り下りがきついと言う。
その気持ちがよくわかる。
記録が出やすいよう、レインボーブリッジを外したのだが、あれだけ勝負どころでアップダウンが続けば記録どころではない。
コースにレインボーブリッジを入れて、観光マラソンに特化するか、ゴールをお台場ではなく陸つづきの平地にして高低差をなくした方がよいと思う。
39→40km
後でデータと照合すると、ここではYUIの「Tokyo」が鳴っていたのだが、まったく記憶にない。
レース直前にリリースされた新譜(I loved yesterday)についていたDVDで、この歌で声を詰まらせていたYUI。
その感動が、レースでは停滞した心を揺さぶってくれるのでは?と期待して入れてきた。
しかし、85曲を聴いて、この曲には励まされたというのは、ほとんど無い。
かと言って、どんな曲でもよいというわけではない。
昨年は、制限時間ぎりぎりの疾走中、さだまさし「案山子」がかかって、がくっと力が抜けた。
音楽も、小説も、その人間性も好きな同郷の先輩だが、今回のセットリストには1曲も入れなかった。
できれば、母の日向けの歌を作った後に、マラソン用の曲も作ってもらいたいものだ。
レースは高速道路に似ている。
一部の例外を除いては、レースでは自転車もクルマも人も飛び出してこない。
前方の歩行者信号が赤になることもない。
同じ方向に走る人と抜いたり、抜かれたり、並んだりの繰返し。
路面もひどい凸凹や傾きはなく、安心して走ることができる。
日頃のジョギングは自転車とクルマとの戦いだ。
免許制度のない自転車ライダーには、ランナー(歩行者)を優先するという認識はない。
交差点では徐行しないし、すれ違いざまにもスピードを落とさない。
免許制度があるクルマもひどい。
道路交通法では、横断歩道ではクルマが一時停止して、歩行者を通すと決まっている。
だが、横断歩道でクルマが停まるのを見たことがない。
交差点では、クルマ側に一時停止の標識が出ていて、ランナー側が徐行の時でも、クルマは滅多に停まらない。
それは、違反だろう。
非番のお巡りさんに変身して、切符を切りたくなる。
ランナーになって以来、クルマを運転する時は、歩行者、自転車、そして特にランナーに対して道を譲るようになった。
口を開けて走ったせいで、喉がからからに渇いてきた。
まずい。このままでは、脱水症状になりそうだ。給水所がこんなにも待ち遠しい。
陽ざしも強さを増している。
口の開きを半分にして、必死モードをがんばりモードに落とす。
手が汗をかいてきたので、手袋をはずしウェストポーチのベルトにはさむ。
ポーチにはさんでおいた書類留めクリップが役立つ。
本来、このクリップはブレスサーモ用に持ってきた。
暑くなってきたら外そうと思っていたブレスサーモは、結局一度も外さなかった。
なかなか上がらない気温をにらみながら、レースの1週間前にミズノの直販サイトから取り寄せた。1,890円。
これはいい買い物をした。
来年以降も3月、4月のレースでは欠かせない。
着ているユニフォームは半袖だが、実質長袖で最後まで、走りきることになる。
4月というのは、暖かい月だとずっと思っていた。
まさか、4月下旬のレースをこんな重装備で走るとは、思っていなかった。
40kmのスプリット
目標 5時間21分
実測 5時間37分
35kmで、5分だった借金は、ここでは6分。
心のどこかで怖がっていた「35kmの壁」が、立ちはだかることはなかった。
マラソンの書籍、雑誌にはよく「35kmには壁があり、突然からだに力がはいらなくなる」と書いてある。
5時間台で走るランナーには、そもそもその壁がないのか。
それとも、直前のカーボローディングや、レース当日の栄養補給策がうまくいったのか。それはまだ、わからない。
二度三度、歩かずに完走をした時に、わかってくるだろう。
まだ3回のマラソンだが、レース後にふり返ってみて、わかったことがある。
それは、体は自分が思っているよりも、力があると言うことだ。
初マラソン、二度目、そして今回。経験としての事実が積み重なるにつれて、それがはっきりしてきた。
初マラソンの時は、マラソン雑誌に書いてある「膝を傷めて、走れなくなった話」に怯えて、早々に歩き始めた。
二度目の時は、足がつって、もうこのまま走れなくなるのかと、途方に暮れた。
だが、三度目の今回、怖れていたのは、自分が走り通せるか、頑張りきれるのか、ということ。
体についての懸念ではなかった。
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