尾崎豊と缶コーヒー
尾崎豊「15の夜」は物価の移り変わりを実感させてくれる。
この曲は尾崎のデビューシングルであり、デビュー・アルバム「17歳の地図」に収録されている。
尾崎はこの曲を15歳までに書き上げていたと、NHKのテレビ番組「尾崎豊がいた夏」で紹介していた。
1965年生まれの尾崎豊が15歳といえば、1980年。
当時、缶コーヒーは100円玉1枚で買うことができた。
スーパーでは当たり前のように78円で売っていた。
日本初の缶コーヒーが発売されたのは1965年9月。
尾崎豊が生まれる2か月前だ。
缶コーヒーと共に生まれた尾崎は、そのデビュー曲で缶コーヒーについて歌っている。
100円玉で買えるぬくもり (尾崎豊 15の夜)
そう。この時、缶コーヒーを温めて売ることが始まっていたのだ。
1965年に発売されてからずっと、缶コーヒーは冷たいものだった。
冷蔵庫から取り出して、珈琲の苦みと砂糖の甘さ、絶妙なブレンドのよく冷えた液体が喉を通りすぎていく。
まだ、ポカリスエットもない頃で、お金のない高校生は、安くて量が多いペプシコーラを飲んでいたが、少しリッチな一部の学生が缶コーヒーを飲んでいた。
当時、コンビニのバイトをしていた。シフトに付くと、まずレジ脇のおでんの仕込み、そして倉庫から缶コーヒーを出してきて、ウォーマーに補充する。当時人気ナンバー1だったC社の商品をウォーマーに入れると、店長がとんできた。
「なにやっているんだ。C社のは黙っていても売れる。B社のほうを入れなさい」
仕入れ伝票で卸価をみると、B社の缶コーヒーのほうが10円安かった。つまり、B社を売ったほうが、10円多く儲かるのだ。
早朝、出勤前のサラリーマンや、水道工事現場の兄ちゃんたちが、温かいものを求めてやってくる。
「あれ、*****(C社の商品名)はないの?」
「えぇ、さっき売れてしまって」
「じゃ、しかたないな △△△△(B社の社名)にするか」
ちょっと、申し訳なかった。
1980年代後半に、岡山県でカラオケボックスが登場した。
それまで、スナックに集う人だけの趣味だったカラオケが、1990年代からは子どもから大人まで、一般人すべての趣味になった。
カラオケの本がぽすたるガイドの薄さから、電話帳の厚さに変わるとすぐ、尾崎豊の「15の夜」が収録された。
自動販売機で買えるぬくもり、缶コーヒーは、110円になり、120円になった。
価格があがると、カラオケでは、そこだけ歌詞を替えて歌った。
モニターを見ていた仲間が、にっこり笑う。
その顔には、こう書いてある。
ちがうでしょ?
歌詞が違うでしょ?という単純な意味もある。
だが、それだけではない。
尾崎は100円という価格を歌っているのではない。
100円玉という、中学生の財布にも入っていて、割と気軽に使うことができる貨幣。それを1枚費やすだけで、得られるこれだけの幸せ。
どんな力の弱い者にも許されている、しばしのぬくもり。ささやかな幸せ。
コイン1枚 というきりの良さもポイントだ。これが90円では、カッコが付かない。50円玉と10円玉を組み合わせて5枚も硬貨を入れていては、硬派な気分も台無し。100円玉を入れて、かがんで返却口をまさぐり、10円のおつりを忘れずに回収するという行為も、歌にはなりづらい。
缶コーヒーは嗜好品だ。人は缶コーヒーを飲まなくても、生きていける。付加価値を楽しみたいのだから、ワンコインで買えるスマートさが欲しい。
これが、命を支える納豆や玉子だったら、78円とか、68円のように、1円でも安いほうがいい。
ただ、納豆や玉子ではロックは成立しない。
「78円で買えるタンパク質、特売の玉子を握りしめ」
これでは、フォークソングになってしまう。
ひゃくえんだま
拗音を含めて7文字
これだけの文字数があれば、どんな価格に変わっても、替え歌は可能だ。
500円玉 8文字
千円札 6文字
一万円札 8文字
ただ、320円とか570円とかになると、かなり早口じゃないと難しい。
尾崎豊がいた冬
その冬の幸せは、今も一部の「ジャストプライス!」自販機に残っている。
100円ぽっきりの自販機を置いてくださっている皆さんに、ここで敬意を表したい。
これからも、よろしくお願いします。
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