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2008年5月27日 (火)

独裁者誕生

一 独裁者誕生

 2034年9月30日、独裁者の第一候補として、羽田空港に降り立った。
 東京は秋の長雨が続いていると聞いていた。滑走路のあちこちに水たまりが見える。
 社会に出てから、節目の日に雨が降った記憶がない。法務省の入省式、ユニセフの任務でニューヨークに発った日、僕が行くところに雨は降らない。
 
 クアラルンプール(KL) まで来てくれた橋本と、小坂を含めても総勢五人という控えめな出迎え。
 大袈裟にしないところに好感が持てる。
 まだ、僕が独裁者になるることは公になっていない。大げさな警備は注目してくださいと言っているようなものだ。
 整備員、グランドホステスに扮した五〇人の警官が、通路を固めていたと聞いたのは、空港を車が出てからだった。
 僕には人の気配がしなかった。
 アジアから帰国する度に強くなる静けさ。熟成された統制なのか、人々がその気配を消す術を身につけて暮らしているのか。

 「モノレールで行くんじゃないの?」
 待機していた黒塗りの車を前にして、帰国一発目のギャグを飛ばしたが、橋本は笑わない。
 羽田からまず私邸にはいる。小坂が探してくれた都内の二LDK。
 アンパン地区で借りていたコンドミニアムに小坂を連れて行き、その荷物が入る広さの部屋を頼んだ。KLに住んでいた五年間は家具を増やさないことを心がけていたので、週三回来てもらっていたアマさんのハブサは、掃除が楽で物足りないとこぼしていた。

 たった一つの希望として、窓から東京スカイツリーが見える部屋をリクエストした。
 「東京スカイツリーのライトアップは平日の22時までだそうです。ご存じと思いますが、環境省の指導でそれ以降はダメなんですよ」
 僕は夕暮れ時、ほのかな灯がはいった東京スカイツリーが好きだ。

 交渉
 2034年7月、
 クアラルンプールの初夏は雨期まっただ中。窓から見えるKLタワーにスコールが打ちつける。それでも僕が事務所を出て帰宅する頃には、雨はあがるだろう。

 前日の午後、橋本から電話があった。
 「明日の五時に、そこに行きたいんだけど、空いてるかな。できれば内々で話しがしたいんだけど」
 背後には発着便の英語のアナウンスが流れている。橋本の語気は強く、ノーの返事は聞かないというオーラが電話越しに見える。KL新空港からFE事務所までは車で一時間とかからない。この一日で他に何か用事を済ませて来るのか。橋本は面談の要件を言わなかった。

 七月中には日本の衆議院で独立立法決裁責任者法(IDO法)が可決される見通しとなった。
 日本は第二次世界大戦後、一貫して議会制民主主義をとってきた。国会は立法機関として機能してきたが、審議から法制化までに時間がかかり過ぎている。

 そこで今回のIDO法は、国民の暮らしにとって緊急度の高い法令を、独立した立法決裁者が迅速に決めていこうという試みだ。
 野党は徹底抗戦の姿勢をみせていたが、ここに来て長期の審議拒否にはいっている。与党は絶対安定多数確保しており、会期切れの七月末までには可決される見通しとなった。
 一日の仕事は、アルジャジーラのチェックから始まる。
 今朝のアルジャジーラ電子版が、そう伝えていた。

 執務室には、すでに秘書のリンと、書記官のナレンドラが席につき、日本からの来客を待っている。

 かき氷が食べたいなぁ

 僕がつぶやくと、華人のリンはまん丸い瞳の前で、かき氷をかき込むポーズを作る。ミルク金時が、東京大学の法科大学院を出たリンのお気に入りだ。

 リンがかき氷の器を抱えて飲み干した時、内線電話が鳴った。
 「午後4時55分入館」
 ナレンドラが声に出して時間を取る。

 「相変わらず自転車が多いな」
 チャンギから入ったの?ジョホールバル辺りはまだそれほど裕福じゃないからね。五年前にFE本部ができてからも、地元にはあまり金が落ちてないし。車で走っていると一番怖いのは自転車なんだよな。

 成田から直接KLに入れば七時間で来る。わざわざチャンギから入り、車でジョホールバルに出て電車に乗り換える。典型的な隠密行動はメディア対策なのだろう。
 連れも後輩の小坂一人きり。いつもの交渉ごとならば、もっと人数をかけて来そうなものだ。橋本は僕がジョホールバルの地名を出した時に、ちらっと視線をよこしたが、スルーして続ける。

 「日本も同じだよ。今年にはいってママチャリの三人乗りで子どもが四人死んでる。ガイドラインとか出したって全然ダメだよ。こうも同じことが続くのは、テレビで事故の報道を見ても、自分には関係ないって思うんだろうな。俺たちが子どもの頃よくあった、パチンコ屋の駐車場で赤ん坊を死なせる親と一緒。バカ親に生まれた子どもが哀れだよ」

 橋本の視線は、僕の右にいるインド系のナレンドラ書記官を捕らえている。人払いしろって言ったのに・・と顔に書いてあるが、ここはFEの敷地内なので、規則により書記官と秘書の同席は譲れない。
 そういう、規則を意地でも曲げないところがお前らしいよと書いた橋本の顔は、緊張して蝋人形のように血の気がない。

 朝、なに食べた?
 「えっ、朝?あぁラッフルズでカレー食べたかな。なんで?」
 昨日はシンガポールにいたと、言い張りたいのだろう。今朝、KLセントラルでカレー食べてたじゃんというツッコミはやめておく。
 いったん間をおく橋本。今度は僕の左に座っている秘書、華人のリンを一瞥して切り出した。

 「ニュースで聞いていると思いますけど」
 おいおい、急に敬語かよ。普通に話そうよ。もしかして、独裁者のこと?

 「いや、独立決裁責任者だ」
 いたずらっぽく水を向けてみたが、橋本はにこりともしない。一瞬ゆるんだ空気を逃すまいとばかりに速攻で来た。

 「それなんだけど、どう思う?」
 うん、やってもいいよ。でも、他にもっといい人いなかったの?

 「え?やってもいいよってお前。まぁ確かにその通りなんだけど。
ほんとか?武士に二言はなしだぞっ。録音したからな」

 江戸時代かよ。だいたい、他人んちの事務所で勝手に録音するなよ。お前の右ポケットのレコーダーと、小坂の携帯で録音してるのは知ってたけどさ。

 ようやく橋本の顔に血の気が差した。
 “交渉”は一分。僕に腹芸の習慣はない。
 僕はどんなに大切なことでも、考えずに決める。
 小さい頃は慎重な性格だったが、中学校の頃から考えずに決めることにした。そうすれば相手に驚きを与えられる。人が一日に 6万回考えるとすれば、従来は100ステップで1案件を決断していたのを、1ステップで決断する。そうすれば、脳の容量にゆとりが生まれ、また、他のことに使うことができる。
 出した答えが正しいか、間違いか。恐れていては時間が惜しい。迷ったために取り返しのつかないことになることがある。だから自分を信じて決める。結果はそこそこに良ければ十分だ。

 独立 independent
 決裁 decision
 責任者 officer

 独立決裁責任者法、通称IDO法は一週間後、第231通常国会の会期残り 4日というところで成立した。野党は 7月に入ってからずっと審議に応じておらず、衆参ともに欠席。与党の強行採決という形になった。

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 「独裁者」は2007年に、ある新人賞に応募した小説です。
 数回に分けて、連載します。 (次回は 5月29日です)

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