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2008年6月24日 (火)

痰を吐いたらマイナス1000ポイント

 法務省の藤野章子は、FEの法務チームで働くという目標を持っていて、FE経験者の僕に、たくさんの質問をする。

 FEの仕事、IDOの仕事・・・どっちがいいかではなく、どう違っていたかな?って考えるようにしているよ。
 たとえば、宝くじを買ったとするよね。結果的に当たったか外れたか、章子だったらどっちがいいと思う?
 「え、いや、そりゃぁ、当たったほうですけど・・」

 そんなに、びびらないでいいよ。僕だってそうだよ。
 切れ長の美しい目をした章子が、あぁよかったと涼しく目を細める。

 たとえば、宝くじが外れてしまったとするよね。僕はそんな時、どう違っていたかなと考えるんだ。
 もし3億円が当たっていたら、僕はまじめに働いたかな。当たる前は 10%はユニセフに寄付するぞって思っていたけれど、ちゃんと寄付したかなって。
 あのままFEでプロジェクト・リーダー的な仕事をしていたのと、今みたいに、ただアイデアだけ出して、それがそのまま通る現状は、何が違うのかなって。
 違いをみつけて、違う経験ができることを喜ぶんだ。
 だから、あの頃はよかったという風には思ったことはないよ。
 かと言って、自分で選んだルートだからと言って、今の道がベストだとは思わないようにしている。どちらに転んでも、僕は真っ当に生きていたさ。水路を泳ぐボラのようにね。

 さっきまで、さば寿司を頬張っていた国交省の伊藤修が質問する。
 「それにしても先週の“街で痰を吐いたらマイナス1000ポイント”ってのは細かくないですか?」
 立法ミーティングだけでなく、部活でも伊藤修は遠慮がない。"大変失礼ですけど""こう言ってはなんですが"と言った前置きも、ローカルルールで禁止されているからだ。

 確かに細かい。大抵の人が「なぜ、唾じゃなくて痰?」と目が点になるらしい。
 こういう些末な法案を書いていると、よく連想にはまる。
 痰を誰がどこで吐いたなんて、いったい誰がチェックするんだ?
 唾と痰の定義はどう違うんだっけ?
 それを定義するのは、厚生労働省かな。
 でも、道路に吐くと、管轄は国交省か?
 考えていたら「俺ってバカじゃないのか」と思えてきて、やっぱり止めておこうと思う。でも、そんな時、目の前に貼ってある紙を見る。

 「人間として正しいか?」

 うん、正しいな。やっぱり施行しよう・・
 初めに決めた軸が、いつも見えるところに貼ってある。すると、こういう時、自信を持って前に進むことができる。

 じゃ聞くけどさ、仮に伊藤君がいつも街で痰を吐いていたとするよね?
 彼は、吐きませんけどねと言いつつ、今度は鳥栖の焼麦(シウマイ)にとりかかっている。
 するとある日、bola!の滝川寛子キャスターみたいな女性が現れて、君は恋をする。
 うんうん!さもありなんと、藤野章子が頷いている。
 そしたら次の日から街で痰を吐くのを止めたりしないかな?

 「うーん、そうですねぇ・・」
 大ぶりな焼麦をもぐもぐと頬張りつつ、彼は今ひとつそのシチュエーションが目に浮かばないようだ。
 けどさ、結婚して子どももいるような、世の中の一般的なおじさんには、滝川寛子のような恋人は現れないわけだ。現れても口説く権利がないし。
 幸田千絵さんがくすっと笑う。彼女が笑ってくれると僕は、その話が成功を収めた気分になる。

 歳を取って、外からの大きな刺激を得ることができなくなった人は、自分自身で価値観を変えなきゃいけないし、自分で善悪に気づいてもらわなきゃいけないんだけど。
 ま、バカは死ななきゃ直らないっていうかね・・

 僕がつくる細かい法律について、"超管理社会"だという批判がある。だが、実はそれは性善説で、各々が自らを律している理想社会が前提になっている。
 今の地球の何処にそんな場所があるのか、僕はないと思う。



次回は6月26日(木)に掲載します。

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