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2008年6月19日 (木)

12月19日は、部活記念日

四 部活

 12月19日は部活記念日。

 「こころの記念日法」は、何か一つ心に残るできごとを記念日にして、手帳に書くことを求めている。最低一つであり、いくつあってもよい。

 「僕が独裁者になったら」は本来、立法提案に限定したウェブページだが、それ以外のメールも届く。
 「作文が苦手で、文章を書くということがなかった娘が、お父さんの誕生日を記念日にするから手帳を買ってくれと言ってきました」
 「IDOのお陰で売れ残っていた 2034年の手帳がたくさん売れて、一息つきました」
 別に感謝メールの受付窓口ではないのだが、それも楽しく読んでいる。

 「IDO、今度、みんなと一緒に忘年会でもいかがですか?」
 就任して2ヶ月がたった12月19日。立法ミーティングを終えて退室しようとした中村君が、恐る恐る声をかけてきた。
 大臣からはよく「一献いかがですか?」と誘われる。
 猪口をひょいと持ち上げて口に運ぶ“一杯どう?”は、茶碗を左手に右手の箸をかき込む“メシいかない?”と並んで、僕が嫌いな仕草だ。

 「環境に優しい自動車を考える会」「日本を歩いて踏破する異能倶楽部」といった団体から、意見交換会の打診がある。意見交換は大いにけっこうだが、なぜか料亭やリゾートホテルが会場にアサインされている。

 気の置けない仲間と呑むのは楽しい。サラリーマン時代「平民」で鶏軟骨の唐揚げを一つ頼み、それだけで何時間も呑んでいた。IDO室の仲間と行くことができたら、どんなにいいか。

 ありがとう。でも、あんまり外を出歩いてないからね。それに警備の人も大変だろうし。
 「そうですよね。失礼しました」と言おうとしている中村君の左肩越しに、色とりどりの丸い映像が浮かんだ。思わず唾を呑んだ。
 そうだ。ここで、ピザとってやろうか?

 その日の午後5時を回ると、残業禁止法により職場を閉めだされた面々が集まってきた。
 IDO室のメンバーは、立法ミーティングが終わると再び、それぞれの省に戻って仕事をしている。
 警備室に根回しして、ピザとカツサンドのケータリングを手配したのは、発起人の中村太一。
 「ここのカツサンド美味いですよ。知ってました?一個一個パックしてあるから、干からびないんですよ」
 僕の一番の好物がとんかつなのは、幸田さんしか知らないはずだから偶然の一致だろうが、細かい配慮がすばらしい。

 「多かったかなぁ?」
 磯田祐子はコンビニの手巻き寿司を大量に持ち込んだ。
 「おまえ、いったいどこから買ってきたんだよ」
 「夕方、都庁だったのね。そしたら太一が電話してきて、コンビニ一軒分買ってこいって言うじゃない。もうびっくらこいちゃったわよ」
 どこのことばだよ?その場が爆笑に包まれた。

 それ以来、就業日の月・水・金。5時をまわると、皆が思い思いのおやつと飲み物を持ってIDOラボにやってくる。
 最初はコンビニとケータリングだけだったが、会を重ねるごとに、珍品発掘合戦と化していく。
 旅行や出張の予定が入ると、ネットにかじりついて土地の名産品を調べ始める。皆、帰って来るまで内緒にしていて、開陳された品がレアなほど賞賛を浴びる。

 僕が買った巨大な「ライダー」には、いつも次の出番を待つ備蓄品が詰まっている。
 ライダーは冷蔵庫の名前。その隣りに仮面ライダーの1/1フィギュアが置いてあるので磯田祐子がそう命名した。1/1フィギュアは子どもの頃からの夢で、社会に出て最初のボーナスを全額つぎこんだ。軽自動車が買えそうな金額だったが、僕は一点豪華主義。自分にとって価値が高いモノを、少しだけ置きたい。
 IDOが仮面ライダーでもなかろうと、初めは私邸に運んだが、すぐ橋本に許しをもらってラボに運びこんだ。冷蔵庫より古くからいるのでライダーについた名前が「リュウちゃん」で、冷蔵庫が「ライダー」とややこしい。

 ライダーは社会に出てから三つ目の冷蔵庫。
 冷蔵庫だけはいつ買っても技術革新に恐れ入る。母の実家は狭い家で、冷蔵庫の隣りではうるさくて眠れなかったと言っていた。今は音がしないのは当たり前だが、ドアを開け放してもほとんど温度が上がらない。
 「だれね?まぁた冷蔵庫のドアが開いとったよ」
子どもの頃は、よく母に叱られたものだった。

 巨大な庫内は20に仕切られていて、20人のメンバーそれぞれの置き場所が決まっている。
 時々、夜中に腹が減って、人の備蓄品を食べそうになって怖い。

 「祐子、ばろくのてしちでいいんだよね?」
 「やった~、いのしかちょう!」
 「あんた、可愛い顔して、えげつないね」

 ブリーフィングテーブルでは、関西三人娘が花札をしている。耳に飛び込んでくる単語が懐かしい。
 FEでもそうだったが、ここでも話し合いのテーブルは、楕円形のテーブルを入れてもらった。
 戦陣を組むかのようなコの字やロの字型では、身構えてしまう人が多いが、円卓を囲むと、不思議と誰もがにこにこ笑顔になる。

 場六の手七なんて、よくそんなことば知ってるね?
 「そうですかぁ?うちの母が教えてくれたんです。三人でやる時は場に六枚、手に七枚配るから、ばろくのてしちって言うのよって」
 まさか大臣たちも、ここで花札をやっているとは思わないだろうね?
 「週刊法律に“IDOラボで賭博発覚”って出たりして!でもIDOが『知る権利を拡張しない法』を作ったから平気です!」
 公務員または公人における公私の私については、知る権利を濫用しないという目標法により、公私のけじめさえついていれば、メディアが刺さることはなくなった。

 「千絵さん、花札はいります?」
 週に一度、金曜日だけは幸田さんも参加する。
 就任した時からずっと、秘書は幸田千絵さん、後に継波千絵さん。一度も替わっていない。
 IDO就任から三年経った時、法務省から交替の打診があった。後任は入省 3年目25歳の女性だという。それだけ年下の女性というのは接した経験がない。幸田さんより一回りも下だ。

 それに幸田さんは、僕が求めた条件に見合う19人めのスタッフではなかったのか。この19人めの条件こそが、最も重要なものだった。橋本と法務省の連絡がうまくいっていないのだろうか。人事の真意をはかりかねた。
 新しい人間関係は時にして重荷となるが、それも試練と考えれば得るものもある。
 ただ人が替わると言うことは、築いてきた伏線が消えてしまうということでもある。残る任期はあと2年。気心が知れた人のほうがいいからという理由を伝えて、幸田さんを残してもらった。



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