意識調査ウェブ
「仮面ライダーの定期的な再放送をお願いします」
東京都・曽我さんの意見は笑って却下した。
僕と曽我は昭和を知らない世代だが“ヒーローは昭和にしか存在しない”という持論を立証すべく「東大ヒーロー研究会」を立ち上げた。学校から予算もつかない愛好会なので、行動力だけが命。
「ウルトラマンをAタイプでリメイクせよ!」
「九月一五日を仮面ライダー旧一号の日に認定せよ!」
といった横断幕をつくっては、バンダイの埼玉工場に座り込みに行って、ひんしゅくをかっていた。昔の仲間は、時々こうして酔狂な法案を送ってくる。
「意識調査ウェブ」は、国民の意見を聞きたい時に使う、ボランティア・ネットワークとして立ち上げた。
国民の有志が得意分野を事前に申し出る。
20のカテゴリーについて、それぞれ1,000人、合計2万人が登録している。報酬として日本ポイント制度から1,000ポイント付与される。
僕が質問を投げかけると、IDO室員が15分以内にアンケートページを立ち上げて、60分以内には少なくとも 100人以上の意見が集まる。
アンケートページが更新されるのは、いつも午前11時頃。ポイント狙いの人たちは、その時間になると画面の前で待ちかまえているらしい。
18人のIDO室員は、出身省庁の事務所に席を置いている。
幸田さんへの連絡はすべてメール。
午前中は幸田さん以外の人と顔を合わせることはない。
IDO室の電話は発信専用であり、終日電話のベルが鳴ることはない。
午前中の三時間は一人で法律を考える時間。これが、一日で最も幸せな時間だ。
こういう時、上司がいないことを実感する。
今この瞬間にも、おかしな上司に囲まれた人がたくさんいる。
そのうちの数人は、恨みを文章にまとめている人もいるかも知れないし、せっぱ詰まった人は、ビルの非常階段に出て、落ちたら痛いだろうなと考えているかも知れない。
法務省、そしてサラリーマン時代、いい上司に恵まれる時もあれば、そうでない時もあった。
順境の時には、上司からのストレスがないことを日々、感謝しなければならない。
しかし、逆境の時にはどうすることもできない。部下は上司を選べないのだ。
「アホ上司禁止法」はすべての上場企業が対象。
管理職の人事評価に、部下からの評価を10%以上、組み込むことを求めている。
施行当初、メディアは「部下を接待する上司が現れるのではないか?」と危惧していたが、現実には、そんなわかりやすい上司は現れなかった。
12:00のチャイムが鳴ると昼休み。この日初めての食事。
就任当初は、昼食をとりながら打合せをしたいという要請が入っていたが、すべてお断りした。
お昼はサンドとカフェオレ。ついでにスポーツ新聞も・・といきたいところだが、この界隈にはコンビニがない。かといって「永田町にコンビニを設置する法」を作るというわけにもいかない。IDOになって淋しいのは、コンビニに行けないことだ。
初めの一か月はIDO室のメンバーが誘いにきて、国会の食堂まで足を運ぶこともあったが、その後は独自に取り寄せたお弁当を、IDOラボで食べている。
13:00 立法ミーティング
15:00までの2時間は、立法ミーティングに充てる日が多い。
いつもはIDO室の20人が出席する。参考資料や意見が欲しい場合、当該の議員、官僚、参考人に来てもらう日もある。
IDO室のスタッフを、各省から男女9人ずつと要求したのは、それが社会の現実というものだからだ。
2019年10月、僕はFE設立事務局から法務省には戻らず、民間の総合日本商事に移った。
3年間、総合企画部にいたが、身の回りはなぜか男ばかりだった。受注センターや発送センター、地方の出先に行くと女ばかりなのに...
ある時、僕は発見した。
男ばかりの会議に一人でも女が入ると、会議の質が変わるのだ。
ほとんどの男は、男ばかりの会議には“仕事の鬼”の顔で入ってくるのだが、女が混ざる会議では“戦う勇者”の顔で入ってくるのだ。
考えてみればわかることだ。我々が住んでいる社会は男女ほぼ半々。
それが、密室に男ばかり集まれば空気が変成する。心が鬼になっても仕方がない。
メンバーの経歴を入省8年未満に限定したのは、社会に近い人達だから。
学校を出て間がなく、学んだ情報が新しい。まだ既得権に縁が薄く、それに固執するよりも壊して新しくした方が自分たちに有利なことを知っている。
IDO制度の生みの親は、もう少し上の世代の官僚たち。
本来ならば、ご苦労された官僚の中からIDO室員を人選したい。ただ、千日で千法をつくるというスピード感を出すために、こういう人選にした。
IDO室の掟
IDO室では、20人で守るローカルルール「IDO室の掟」を共有している。
これは独裁者の僕が決めるのではなく、幸田さんを含めた20人がアイデアを出し合って決めている。
・長音使用の遵守
IT技術者に限らず、コンピュータ、サーバという長音省略がすっかり社会に定着している。だが1991年の内閣告示は、英語の語末の-er,-or,-arなどに当たるものは、原則としてア列の長音とし長音符号「ー」を用いて書き表すことを推奨していた。
IDO室員は、長音をきちんと書くことを申し合わせ、法令の記述も同様にしている。
・質問に質問を返さない
質問をされたら、端的な答えを返す。少々質問の意図が不明瞭でも、意図するところをくみ取って答えを言う。質問に対して反論という形での返事をしない。
・いつも大変お世話になります禁止
部内のメール、文書はいきなり要件から書き出す。辞書登録していたり、テンプレートで始めから入っているような、気持ちのこもっていないことばは使わないことに決めた。
文末で要求に念押しする形での「よろしくお願い申し上げます」も禁止。
・必要以上の敬語を文書に使わない
IDO室のメンバーはきれいな日本語を使う。会話はそれでよいが、文書に書くのは時間が惜しい。文書ではお互いに対する敬語、謙譲語を省略する。僕あてに文書を出すのは幸田さんだけだが、あまりに気軽な文体なので、他の人が見たらぎょっとするだろう。
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