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2008年7月24日 (木)

PK廃止法

 mind こころ
 【更正寛解施設法】
 刑法三九条を廃止した。
 旧刑法三九条は、精神鑑定の見解が心神喪失ならば無罪、心神耗弱ならば刑が軽減される法律。

 人を殺した時に心神喪失状態にあったと鑑定されると、責任能力がなかったということになり無罪になる。
 被害者となった側からすれば論外の法律だが、心神障がい者の人権擁護の側からすれば不可欠の法律。
 廃止議論の歴史は長く、裁判員制度が始まってからは、国民の大半がその問題点を認識していた。

 心神喪失者が無罪では、国民は安心して暮らせない。有罪にしただけでは、再犯の恐れがある。そこで受刑能力によって行き先を換えることにした。
 心神喪失の状態にある者が犯罪を犯したならば、寛解を目指す。そのために、刑務所、少年院、精神科、福祉施設、この四要素を組み合わせた六通りの更生緩解施設を設立した。

 Sport スポーツ
 【PK廃止法】
 「2035年シーズンより、フットボールのルールからPKを廃止したい」
 僕がそういうと、スポーツ担当の谷村総務大臣は穏やかな口調で「それだけはやめた方がいいですよ」と切りだした。

 守備側が自陣ペナルティエリア内で直接フリーキックに相当するファール(10種類)を犯した場合、当該選手は退場となるが、試合はGKのゴールキックで再開される。審判がオブストラクションをとって試合を流した後にゴールが決まれば得点が認められる。

 谷村大臣は、僕が提示した素案の善し悪しには言及しなかった。
 「相撲のルールを変えるならまだしも、イングランドで生まれたフットボールのルールを変えるのは、敬意に欠けるような気がするんですよね」
 僕は敬意という言葉に弱い。
 敬意こそが、進化した生物の証。敬意なき人はどこかに進化を置き忘れたのだと僕は思っている。

 女子アナ発言でひんしゅくを買った谷村大臣は、いつもいなり寿司みたいな色のセカンドバッグを持っているので、IDO室のメンバーは“イナリ”と呼んでバカにしている。だが、失敗に学び、僕との接し方に変化をつけてきた。この時は「バカは死ななきゃ直らない」の例外として、死なないでも直るバカがいるのだと感心した。

 「相撲がビデオをいち早く取り入れたように、スポーツ全体にビデオを取り入れるってのはどうですか?」
 「PK廃止法」は、谷村大臣が持ってきた私案を元に僕がひねりを加え「スポーツデータ二次判定法」となった。

 審判に判定を委ねるあらゆるスポーツでは、映像記録装置による映像、電気的なセンサーを二次基準として採用する。
 フットボールであれば、ゴール前の競り合いでディフェンダーを押していなかったか?
 野球であれば、観客がボールを触ったのがフェンスの内外どちらだったか。
 あらゆるスポーツで、ビデオとセンサーの導入が検討され、結果的に同法の適用を受けなかったのは、マラソンだけだった。

 2000年以前は、団体競技の勝敗を左右するのは個人能力の総和と考えられていた。
 2000年代に入り編成、監督の能力、チームのバランスの良さに重心が移った。フットボールで言えば、資金力に任せて、ストライカーばかり補強するようなチームは勝てなくなった。
 すると、2000年代の国際試合では、PKの 1点による 1対0の試合が目立ち始める。
 ファンはそこで気がついた。試合を決めていたのは、選手でも監督でもなく審判だったのだ。

 「倒れずに行けたけど、PKがもらえるならば、もらっておこうと思って」
 「PKでも、とりあえず、勝ててよかった」
 プロ選手が堂々とこうコメントする。それを子供達が読む。
 倒れないバランスよりも、相手に足を出させるフェイントが重視される。
 ストライカーは居残りシュート練習を減らして、相手に足を出させる「居残りPKゲット練習」に時間を費やすようになった。
 スポーツとはこういうものだ。美しさは要らない。勝たなければ誰の記憶にも残らない。ファンはとりあえず勝てば喜んでくれる。
 自分だけがよければよい大人、ご都合主義を学ぶ子供。
 誰も警鐘を鳴らさない。だがIDOは鳴らすことができる。
 僕にしかできないことは、何でもやろうといつも思っていた。

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