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2008年7月31日 (木)

国民を信頼させておいて揺さぶりをかける

 三ヶ月見直し法
 IDOの任期は五年。
 就任して一年が経過した頃から、国民が僕に依存し始めているのを感じた。
 すべてIDOがうまくやってくれる。任せておけばあと四年は安心という空気だ。

 平和の保証は総理の専権事項、技術開発の舵取りはIIDO、経済政策の道筋はEIDO。
 そして、真っ当に生き、他人のために役立とうと思えば、それが自分に返ってくることを僕が保証している。
 格差や不平等のイメージを煽ることに終始していた2000年代ならば、今の時代は「希望の時代」と定義されただろう。
 しかし実際には、保証に満ちた社会は怠惰な社会。平和もない希望もない国でこそ、国民はスリリングな毎日を送ることができる。そのままでは「思考停止の一〇年」を再現することが容易に想像できた。

 日本にIDOが生まれ、理想の国を作ることが計画ではない。
 それまでの世界とIDOの作る世界。IDOが作った世界と、その後の世界。それぞれの糸をどう紡ぐか。
 それを国民が考える体験を、この実験国を舞台に行うことが計画。これがIDO生みの親である高橋総理の想定にはない、僕だけの計画だ。

 真っ当に生きている人は、どんな法律ができても罰せられることはない。もし僕が、痰を吐いたら死刑と決めたとしても、痰を吐かない人は死刑になることはない。横着か、真っ当かの違いだけがそこにある。

 僕が立法する度に、レアケースを開陳して反論する人々が、日本中のあちこちにいた。
 彼らは怒り・苦しみ・辛さを自ら吸い寄せている闇との会話者。世の中が変わらないと、自分が変わらないと思い続けている。
 2012年以降「自分が変われば、世の中が変わる」そう気づいた人は、もう随分先に行っているというのに。闇と会話すれば人生を無駄に費やすだけなのに・・・
 この言葉は闇との会話者には届かない。

 就任後一年が過ぎた 2035年10月。「僕が独裁者になったら」に届くメールの30%が僕へのお例メールになり、提案がめっきり減っていた。
 週刊法律三誌には、IDO礼賛の記事が並び、早くも四年後の留任を求めていた。
 まだ一年しか終わっていないという時に。

 僕はおもしろくなかった。IDOは夜警の番人として生まれたのではない。
 就任後一年三ヶ月が過ぎた2036年2月「三ヶ月見直し法」を施行した論拠がここにある。
 すべてのIDO法は、IDOまたは国会が維持手続き、修正をしない場合、三ヶ月で白紙に戻る。人々は手に入れた安心を三ヶ月で失い、自らの頭で考えなければならなくなった。
 三ヶ月後、それまでにつくった390法のうち、39の法令がなくなった。
 「三ヶ月見直し法」の規定に則って「殺人を禁止する法」も廃止されたが、だからといって、一斉に殺し合いが始まることはなかった。

 そう。誰も悪いことをしたいわけではない。
 法律は社会で生きていくうえで、やってはいけないことなどを決めたものだと思われがちだが、従来法の多くは、自由を奪うことを目的とした「自由法」。
 社会の規範は法律の中にではなく、自らの心の中にある。法が消えた時、人はそれに気づく。真理を灯火とすれば、法は空なのだ。

 実は就任当初から、このタイミングを計っていた。
 初めから、すべての法令を三か月で見直すという「自主的な安全弁」は考えてあった。
 ただ、最初は隠しておいた。そして、国民が僕を信頼して、安心しきったところで揺さぶりをかける。この策は当たり、再びたくさんの提案が舞い込むようになった。



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