ホステスに汗を拭いてもらうマラソン
あり得ないことではあるが、IDO退任後の僕がテレビ番組に出演して
「IDO千法の中からどれか一つ、お気に入りの法律を挙げてください」と聞かれたら…少し考える振りをして、こう答えるだろう。
うーんやっぱり「マラソン大会法」ですね。
あれで国民に本当の笑顔が戻りましたから。あの時は、昔のマラソン選手のことばではないですが、初めて自分を誉めたいって思いましたね。
そう言って、初老の僕は遠い目をしてうっすらと涙を浮かべる・・
こんな場面をこの五年間で百回は妄想した。
法律を考えている午前のひととき、思考が宙を遊ぶ。
こんな時の僕は無防備に笑い、東京スカイツリーの絵を眺めている。
隣りで幸田さんが、視線を交差させて、素知らぬふりをしている。
去年までは住民票のある千代田区を通る東京マラソンに出ていた。
この大会は2007年の開始当初こそ、倍率三倍の抽選になる人気大会だったが、東京五輪以降は定員の三万人以下で推移している。
僕は市民ランナーの顔で走るので、仰々しくはしないが、一応警備が四人付く。
文字通りガードランナー四人。
日ごろのトレーニングはステップ運動。
外を走ることが難しい僕のような者には、屋内でできるステップ運動はもってこい。
初めてマラソンを走った2029年以来、ずっと続けている。
ガードランナーを務めるSPには、僕の予定ペースを事前に伝えておく。
ペースメークされるとおもしろくないので、とにかく僕に合わせてもらう。
彼ら四人は、大会三ヶ月前から皇居を走りこんでいて、五時間前後で走る僕に、余裕の表情で伴走している。
2039年からは故郷の博多でも、市民をあげてのマラソン大会を立ち上げる。
田中君の九大の同級生、中野君がIDOラボを訪ねてきた。
福岡県庁の中野君は「第一回博多マラソン」のコース選考委員。
コースを決めたら、現場を調整して回るという飛び込み営業のような仕事だ。
周辺の商業施設はマラソンの日は売り上げが激減する。
2000年代に立ち上がったマラソンのなかには、地元商店街の反対でコース変更を余儀なくされた大会もあったほどだ。
しかし、中野君が言うには、地元の商店主は皆、諸手を挙げて賛成してくれて「なんで、ウチの前ばとおさんか?」とお叱りの声が出たほどだという。
市民マラソンでは沿道住民の暖かい声援、工夫を凝らしたエイドが盛り上がりの決め手となる。
中野君は、博多出身の僕と田中君に、コースの知恵を借りたいと言う。
櫛田神社の境内は走りたいね。
「福岡タワーに上るってのはどうですか?」
階段を登るマラソンは世界初だね!
香椎宮の境内はコースのそばだよね。あそこもいいね。
「長浜の市場でラーメンば出したら?」
チャーシュー麺だったら食べちゃうな。って食えるか!
あと天神の地下も走りたいな。地下コースは世界初じゃない?
「中洲の女ん子たちに、おしぼりで汗ば拭いてもらうとはどうね?」
いつもと違う男の臭いを嗅ぎつけて見に来た関西三人娘が、田中発言に呆れている。
中野君は一通りメモを取り終えると、山笠はここ数年雨にたたられているから、天気が心配ですと顔を曇らせたかと思うと、へろっと言った。
「IDO、博多ば走りませんか?」
いいよ
彼は誰かさんと違って、録音はしていなかった。
次回は8月21日に掲載します。
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