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2008年8月 1日 (金)

後任のあなたへ

 プロジェクトマネジメント
 「FEの法務ディレクターの時と、IDOはどっちがおもしろいですか?」
 僕にそう聞いた藤野章子は、きっとIDOの仕事のほうがおもしろいと想像していたのだろう。

 法律が施行されると、ブリーフィングを受けた省庁が一斉に準備にとりかかり、法が求める制度を、開始期限に間に合わせてくれる。

 教諭定期試験を例にとれば、試験問題出題者の選定、日程と会場のアサイン、該当者のリストづくり、全国の教育委員会への周知、手順書の作成といったことに予算をくわえた“5W2H”のプロジェクト・マネジメントだ。

 こうして、自分が言ったことを、他の誰かが手足のように動いて実現してくれる。そんなことがおもしろいわけがない。
 それをおもしろそうだと想像する人は、人がこの世に生まれてきた「使命」を勘違いしている。

 実務のほうがおもしろい。
 ユニセフで、FE(極東アジア経済共同体)で、そして総合日本商事で、プロジェクト・リーダーほど、やってみておもしろい仕事はなかった。

 マネージャーは上からの指示を下に伝えるだけだが、リーダーは、自ら考えて動く人を育て、その人がやりやすい環境づくりをしなければならない。人が自律的に動かなければ、プロジェクトは必ず失敗する。

 FE設立委員会を辞した後、サラリーマンを経験したかった僕は、総合日本商事の門をたたいた。こういう時、東大の看板は大きい。二つ返事で採用が決まり、希望通り、企業間の提携事業(アライアンス)を担う総合企画部に配属された。
 世界標準となっている営業ソフト「セールスマッピング」は、この時、僕が企画した商品だ。
 ワークシートに数字を入れると日本地図に数字が入る。任意の都道府県をクリックすると色が変わって、にょきにょきと棒グラフが立ち上がる。さらにそれぞれの棒をクリックすると、その県の市郡地図に遷移する。
 これを使えば10分そこそこでマッピングした資料ができる。僕が入社した時、総合企画部ではその資料を作るのに、のべ15時間をかけていた。
 手書きの図やメモを即座にオブジェクト変換するプラグイン「イージースライド」も僕が長年、不便に感じていたことを形にしたものだ。
 「セールスマッピング」と「イージースライド」は現在、20か国にライセンスされており、その版権収入だけで総合日本商事は毎年70億円を稼いでいる。

 僕がアイデアを出し、企画審査を通るとプロジェクトが下達される。異なる部署から適材を選抜して、チーム組織図が作られる。
 リーダーの僕はキックオフミーティングを召集する。集まってきたメンバーは「あぁこんな人がウチの会社にいたんだ」「あの娘とは一度、話してみたかったんだ」などと口々に言い合っている。

 プロジェクトは有期の非定常業務。日頃の上下関係やしがらみのない仲間と“会社のため”というごく当たり前の目標に向かって、遠慮なくものを言うことができる。
 各部署で仕事をしていると、この当たり前なところが歪んでしまう。
 昇進と賞与評定のために、上司には逆らわない。
 後々の仕事がやりにくくなるのを恐れて同僚とは議論しない。
 部署の利益を出すために、自部門の経費を全社負担に付け替えたり、自分たちの雑用を減らすために、多額の費用をかけてシステムを外注したりする。

 一方、プロジェクトはお祭りのようなもので、一度でもリーダーを経験した者であれば、きっとやみつきになる。
 だが今のIDOの仕事には実務がない。法律を考え施行してしまうと、この仕事はそこで終わり。仕組みを作るところが一番楽しいというのに、なんと味気ないことか。

 好き勝手に制度を決めて、あとはまる投げしているだけだと言う人がいる。
 頭にはくるけれど「だったから、替わりましょうか」というわけにはいかない。
 今、僕の立場は独りで法律をつくる独裁者。組織では責任者には“立場”があり、その“立場”は演じ切らなければならない。

 こう見えてもなかなか辛いんだよ、いつでも替わってあげるよといった、お子様のおちゃらけを、責任者が言うべきではない。

 誰に言うこともないこの思いは、本来墓場まで持っていくべきものなんだけど、同じ糸をたどる後任のあなたにだけは伝えておこうと思う。



次回は8月4日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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