空に突き抜けるチューリップの風景
毎年チューリップの季節が来ると、父が連れて行ってくれたハウステンボス。
小さい頃は世界のすべてが大きく見える。
大人になって背が伸びるに連れて縮尺が変わり、世界は収縮する。
子供心の原風景に、どこまでも続く石畳、はるか彼方で悠然と回る風車、空に突き抜けんとするチューリップが焼きついた。
父が売店で買ってくれた本に、そのことばはあった。
“千年の時を刻む"
そう謳ったのは創業者、神近義邦氏。
まだ京都議定書もなかった時代に、環境と経済の両立をめざした実験都市は、経済の苦境を乗り越え今も実験を続けている。
僕の心に、キャッチボールや天下取り、思い思いに遊ぶ笑顔の子供達が住みついている。
こうしてIDOの5年を振り返ると、多くの法律がその風景から生まれたのがわかる。
ハウステンボスが海から生まれた街ならば、IDO千法は子どもたちの笑顔から生まれた法律と言えるかも知れない。
「IDO・・ やめちゃうんですか?」
えーっ?
なんでだよ
「だって、総理が・・」
そこから先はもう声にならない。
磯田祐子の大きな瞳に、大粒の涙が出番を待っている。
あと数秒したら、涙で悲しみに暮れる別れの光景を目にしなければならなくなる。
次の言葉のために、急いで玉子サンドをカフェオレで流し込んだ。
今週の金曜はちょっと用事があるから、部活は中止でいいかな?
5年間で初めての中止提案に、キツネにつままれたような18人。
絶望にうちひしがれたような空気を察して、幸田さんがつなぐ。
部活が始まった当初は金曜日だけの参加だったが、そのうち週2になり、この4月以降は毎回参加してくれている。
「私この週末、実家に帰ってくるから、美味しいもの買ってくるね」
「へぇなんだろう?」
「千絵さんの実家って、どこだっけ?」
「福井のほうだよね、確か?」
「じゃ、次は月曜日!」
幸田さんが明るく宣言して、お開きとなった。
いつものように片づけが始まる。
いつもより黙々と、現状が復帰されていく。
残った食糧のうち日持ちするものは冷蔵庫「ライダー」に格納され、賞味期限が近いものは希望者がお持ち帰りにする。
次が一回飛ばしということもあって、全員がなにがしかのお土産を手にして、それぞれの家族や恋人の元、あるいは誰も待っていない部屋へと帰っていった。
幸田さん、あなたの機転で、涙の送別会にならずに済んだ。
次回は9月26日に掲載します。
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