一番嫌いな言葉
4月23日サンジョルディ
久しぶりに、ここに帰ってきた。
前回は羽田から直行して私物を置いただけ。わずか一時間でIDOラボに移動した。あの時はただ、フローリングの美しい木目だけが見えていたが、今はKLから僕を追ってきた荷物が置かれて、長い年月、主の帰りを待っていた。
それ以来、週末の土曜日に帰るようにした。
二日間ここに缶詰になって、手書きメモをワークシートに打ち込んでいく。
その日のできごと、その時僕がどう考えたか、後任に伝えておくとよいこと・・
それらのことを、5cm四方のメモ用紙に書き留めて、机の引き出しにしまっていた。
三ヶ月もあれば打ち終わると思っていたが、メモを手にすると、その時の記憶が再合成される。
その時の情景を思い起こす。ついメモを読みふけってしまう。
読んでいるうちにアイデアが浮かんで、メモにないことを加筆してしまう。
そうこうしていると、なかなか作業は進まない。
それにしても、メモに書いた自分の字が読めないのには参った。
子どもの頃、習字を習っておけばよかったと思う。
タイムリミットが迫ってきたここ数週間、時間が足りなくなった。
カテゴリー事例ごとのメモは書ききれず、歯抜けになってしまった。
平日の夜も IDOラボのパソコンで書きたい衝動に駆られたが、それは思いとどまった。
この引継書は、後任のあなたと僕だけのものでなければならない。
幸田さんが私邸に設えてくれたパソコンは画面が大きくて、最近めっきり視力が落ちた僕にはありがたかった。
冷蔵庫にいつもサンドとカフェオレを入れておいてくれてありがとう。
初対面の日あなたを見た時、僕は目を疑った。
僕は橋本に 9つの省から 2人ずつ 18人のスタッフと、IDO法九条「不測時の代理業務」を遂行する候補者を一人、合わせて19人の配属を頼んでいた。
就任前に、IDOの二期めはやらないと念を押しておいたので、その19人めは後を任せられる人材にしてほしい。それが優先順位一位のお願いだった。
驚きを顔に出さぬよう、必死に平静を装ったけれど、そんなことは無駄な努力でした。
就任した日につくった「匿名メールアドレス禁止法」だけが、二人きりのブリーフィングでしたね。
最初はまさかと思ったけれど、あなたが僕の右肩越を見て話すのを見て驚きました。
確信するまでに、長い時間はかかりませんでした。
あなたがどれくらいわかるのかを探るのは、なんだか思議な感覚でした。
3ヶ月経った頃、あなたが心を読んでいると言えるほど、直近の映像化ができることがわかりました。
僕は直前、直後の映像化は苦手なので、人の心理を汲むのは他の方法をとっていましたが、あなたはそれを難なくこなしていましたね。
このファイルのパスワード、引継者の誕生日にしようと思って、「誕生日四桁をパスワードにするのを禁止する法」でヒントを出したのですが、その必要はなかったですね。
18人の仲間は、最後まで交替することなく勤めてくれて助かりました。
これまでに、いろいろなタイプの別れを経験しましたが、彼らとのそれは新しいものでした。
寂しいのだけれども、心は満たされている。
恐らくもう、会うことはないのだけれど、またすぐにでも、いつでも会えそうな予感がする。
パソコン通信が始まった頃のオフライン・ミーティングで、誰もが味わっていたような、あの感覚を思い出しました。
僕らは、人もうらやむように、そう、家族のように機能していたと思います。
第二期のチームが、どのような人選になるのか、僕も楽しみにしています。
「音楽は力法」のエピソードは当初ここに書くつもりはなかったのですが、あなたに読んでもらおうと思い、書き足しました。
旧友と出会った懐かしさに、心が弱くなることが何度もありましたが、凜として揺るがないあなたのたたずまいを見て、それではいけないと思いとどまるのが大変でした。
日本海の波は白いですか?
その波の継ぎめにあなたの幸せが見えるといいな。
風邪をひかないように、気をつけてください。
ここまで、長文につきあってくれて、ありがとう。
最後に、僕が一番目と二番目に嫌いな言葉を書いて、終わりにします。
がんばってください。
さようなら
元IDO 佐野龍一
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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