最後の言葉
世の中には仕組みを作るのが好きな人もいれば、その仕組みに寄り添っているのが好きな人もいる。
僕は仕組みを作るのが好きだ。
できあがった仕組みは早く人に渡したい。
できないことは学び、できることは人に教える。
人々が笑顔になれるような仕組みを作る。
できあがった仕組みからは、潔く離れる。ずっと、そうしてきた。
「君は仕組みをつくる男だ。君を選んでよかった」
僕がいなくなった後、誰かがそう言ってくれれば嬉しい。
「あれ?今日はいつもの集まりはないんですか?IDOが金曜日に私邸に行かれるのは初めてですよね?」
うん、今日は家で見たいものがあってね。
黒塗りの車の後部座席は、やっぱり僕には居心地が悪い。
金曜の17時台、街に繰り出す人たちで最も賑わう時間帯。
僕がこの街に帰ってきたあの日より、街は幾分騒がしくなった。
それでも、KLから帰ってきた時の違和感が消えたわけではない。
私邸に戻った時は、いつも山田SPが先に室内にはいり、安全を確認してくれる。
山田さんは、なかなかの論客。歯に衣着せぬ物言いが好きだ。
移動の車は彼と僕との言い放題タイム。
とても、大臣やメディアには聞かせられないような法案が飛び交う。
いつも、楽しかった。
山田さん、合い鍵は持ってますよね?今日、僕はここで眠ります。
明日は合い鍵でドアを開けて入ってきてください。交替の時、そう引き継ぎを頼みます。
「引き継ぎですか?申し送りじゃなくて」
あぁ、そうか。そうとも言いますね。
二〇三九年九月一七日(土)八時〇三分。
池田警護官からの連絡により、私邸に入りました。
窓辺のテーブルに置かれたパソコンにはワークシートが起動していましたが、文書ファイルは存在しませんでした。
状況の詳細は公安の報告に譲ります。
前夜、私が帰宅した後の一七時九分、山田警護官に「私邸に行きたいから、車を出してほしい」と連絡がありました。
IDOは今年四月以降、週末は私邸で過ごしていました。
一七時三九分に私邸に入られる際、山田警護官に言ったのが、最後のことばです。
「今日はここで眠ります。明日はかまわないので、鍵を開けて入ってきてください。そう申し送りを頼みます」
後任の秘書官との引き継ぎ終了後、私も一ヶ月間、休暇を戴きたいと存じます。
IDO室 継波千絵
次回【 最終話 】は9月30日に掲載します。
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