赤い糸を紡いだたすき
川村総理には、赤い紙の映像が見えた。
このままでは、召集令状は避けられない。
ルートを替えなければダメだ。
一年の準備期間を経て、憲法四一条、七四条を改正。
そして続く世代の総理に糸は紡がれていく。
総理権限で任命できるIIDO、EIDO。
そうして現出した無類の好景気。
内閣支持率は80%台。
そして、総選挙で獲得した絶対安定多数。
こうして、法務省単独の特別案件として IDOにつながる水路がついた。
そして、IDOである僕に、招集礼状を回避するラスト・ランナーのたすきが渡された。
高橋総理はそれを「赤い糸」と表現した。
周りで聞いていた中村太一や磯田祐子は、高橋総理には、その道の趣味があったのかと思ったかも知れない。
今後人口が増加に転じた時、徴兵制が目前の課題だったことが語られることはないだろう。
そしていずれ歴史が、第一走者であった川村総理の功績に気づく日が来たとしても、総理にレポートを提出した名も無き官僚のことを語る人はいない。
福岡出身であるということ以外、僕自身、それ以上の詳しいことを知らない。
その夜の部活は、いつも以上に盛り上がった。
僕はみんなの顔を心のアルバムに焼き付けようと思っていた。
「総理がIDOに、君と僕は赤い糸でむすばれている気がするだって!」
「ぎゃ~、赤い糸って、男と女じゃないの」
「でも千絵さんっていつも冷静なんだよなぁ。俺なんかちびりそうだったよ」
「退場~」
総務省出身で総理協議担当の祐子と太一が再現する実況中継に皆が、つっこみを入れる。
今日は藤野章子が、僕の好きな佐世保サンドを都庁の帰りに買ってきてくれた。
佐世保サンドは 2009年に全国区となって以来、あっという間に佐世保バーガーの人気を追い越した。
呑んだ後のサンドは格別に美味い。
最初は僕がそう言って一人で食べていて、皆は「サンドですか~・・」と引いていた。
ところが、試しにヨコからつまんだ章子が「めちゃめちゃ美味い!」と追随。
それからは、あっという間に全員共通の好物になった。
コンビニサンドならば、どこのでも美味いのだが、大きな仕事が片付いた日は、章子が「佐世保サンドの日」と決めていて、都庁のショップから買ってきてくれる。
今では20人前、しっかり買ってこないと「足りない!」とブーイングが出る。
いつも月水金の午後になると、誰かに外回りの用事ができるらしく、部活のメニューにサンドは必ず入っている。
今日は初めてリクエストして いなり寿司を買ってきてもらった。
「IDO、それコーヒーですか?」
そうだよ。いなり寿司とコーヒーって変でしょ?
だけど僕はなんでも一度はやってみるんだ。ところがこのいなり寿司とキリマンジャロがなかなかいいんだな。
一ついいですか?と最後の一つをひょいとつまんで、コーヒーで流し込む章子。うーんと唸っている。
「あれ、チューリップ。前は赤でしたよね?」
自分が書いた字に見入っていた中村太一が、黄色いチューリップを見て声を上げる。
“千年後、この街に子供達の明るい笑顔が響き合う”
僕の心には、いつもこのことばがあった。
次回は9月22日に掲載します。
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