ランナーズハイは実在しない。
ランナーズハイ
走っているとある時点から気持ちよくなり、どこまでも走れそうな陶酔感を味わうこと。
走り始めて5分~15分ほどで味わえる人もいると書いている書物がある。
ランニング関連の文献には、脳内エンドルフィンが分泌されることが原因と書いてある。
だが「こないだ、ランナーズハイになってさぁ~」と目を輝かせて語る人を見たことがない。
日頃のジョギング、3度のマラソン出場で、まだ一度も経験がない。
初マラソンの折り返し点で「どこまでも走れそう」な気持ちになったことがある。
お、ついに来たか これがそうなのか・・・
と思ったが、後で振り返ると錯覚だった。
その時、強い追い風が吹いていたのだ。
洗車をしている時、いつまでも洗車できそうな気がしたことがある。
本来、洗車は嫌いだ。自分と同じくらい丁寧にやってくれる人がいたら、頼みたい。
嫌いだが、いざ始めてみると、車がどんどんキレイになっていく。
その快感を追求したくなる。
洗車~ズハイ。
だが、走ることはもっと嫌いなのか、ランナーズハイのほうはなかなかお目にかかれない。
ランナーズハイは、宝くじの1等、宿便、視聴率の調査機と同じくらい実在が怪しい。
宝くじの1等が当たったことを人に喋るとたかられるかも知れないし、身に危険が及ぶかも知れない。
宿便は、出るとそれは嬉しいだろうが、人に言うと、引かれてしまう。
視聴率の調査機が家にあることは、秘密にしなければいけない(のだと思う、きっと)
それと比べて、ランナーズハイは誰に隠すこともない。
ねたまれることもないし、引かれるものでもない。
「佐藤さんちのイチロウちゃん、こないだランナーズハイになったそうよ」
「まぁ、汚らわしい。町内の恥ね」
などと、後ろ指はさされない。
それなのに、「おらぁ、ランナーズハイになったづ」という人を知らない。
ランナーが集まるミクシィのコミュニティで
「あなたはランナーズハイを経験したことがありますか?」
というアンケートをとるとしよう。
だが、質問の前提となるランナーズハイの定義が曖昧だ。
「気持ちよくなる」ことがランナーズハイと定義すると、ランナーは全員経験者になってしまう。
どの程度気持ちがよいのか?
どれくらい走れば、ランナーズハイと認定されるのか?
「5km以上を走行して、その後2時間以上走り続けられると認識した状態」
といった定義を日本陸連がしてくれるだろうか? ・・・するはずがない。
恐らく、"ランナーズハイ経験者"がいうその状態とは、生涯で経験したことがないような陶酔感が訪れて、戸惑うことをいうのだろう。
そういう体験者は、世の中に少しはいるのかも知れないが、ランナーのごくごく一部だろう。
(しらべるの予想:3%)
それでも、誰でも走ればランナーズハイ。
朝食を抜くのは体に悪いというのと同じくらい、なんの根拠も示さず当然のこととして、今日も語られている。
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