ファンが踏み出した一歩 佐野元春公式ウェブサイト
元春HPが始まって 2年が過ぎた頃、大阪のT氏が
「元春のホームページを作ろう」
と言い出した。
当時、50人ほどのアクティブなメンバーがいたが、ホームページやwwwという言葉の意味を理解していたのは、ほんの数人だった。
だが、彼の書き込みを読んだ誰もが、なんだかわからないけど、おもしろそうだと乗った。
「何か、これまでにない経験が、待っているのではないか?」という予感があった。
T氏の談によれば、海外には「ファンがつくるアーティストのページ(ファンサイト)が、いくつかできている」とのことで、その一例として、トッド・ラングレンの名前を挙げていた。
正直なところ、未だかつて、トッド・ラングレンの曲を聴いたことがないのだが、ファンサイトの先駆けとして、常に新たな挑戦を続ける先駆者として、その名前は深く脳裏に刻み込まれている。
「元春に持ちかけてみよう」
そう言うが早いか、T氏は元春にメールを送っていた。
すると、その数時間後に、元春本人から「一緒にやろう」という旨の返信が届く。
二つ返事。
この速さが元春。
「時代の先端を走ってきた男」
という言葉は、日本に於いては、元春のためにある。
そのプロジェクト名は、言い出しっぺ T氏により MIPS と命名された。
【 みっぷす 】 Motoharu Internet Project System
Project と System は意味がだぶっているが、T氏が思いついたままに命名され、今も使われている。
佐野元春は、著書「Diary - Studio Days making of "Fruits"」の中では
MIPS(Motoharu Internet Project)
とSの語意を省略して書いている。
元春HPの2.5周年記念オフは、そのMoto's web server のお披露目の場となった。
初めての、ライブハウスを借り切った大規模なオフ。
今となっては、思わず「でかっ」と言ってしまいそうな、巨大なプロジェクターが運び込まれ、人工呼吸器のような太いケーブルがさし込まれる。
そのケーブルの先には、数台のアップルコンピューター。
ライブハウスはまさに、電気工事現場の様相を呈した。
夢を夢のままにせず、夢に近づく努力をすることが大切なんだ。
かつて、元春がレディオショーの最終回で示唆したメッセージ。
ファンがつくる日本で初めての公認ファンサイトは、
オフラインで集まったファンによる、彼らなりの答えだった。
2009年現在、SNSでは、無料でいくつでも 会議室「コミュニティ」を作ることができる。
1992年当時は、年間24,000円が必要だった。
だが、その費用に見合うだけの友達ができ、経験が財産となったのである。
| 固定リンク | 0
「インターネット」カテゴリの記事
- 1行書いたら、その数倍改行を入れる「改行女」(2023.02.24)
- 顔文字を使うと年寄りがばれるらしい(2021.07.22)
- このメッセージは"重要度 - 高"で送信されました。というメールを送る「純粋」な人たち(2020.09.16)
- セールスのメールを送るならば、本物であるという証明が必要だ(2020.06.08)
- 「業者のメールでも、もらった人は嬉しいものですよ」(2020.06.07)