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2009年1月 9日 (金)

いなくなった携帯の持ち主

 すいません、携帯の持ち主がいなくなっちゃったんですけど・・
 「はぁっ?」
 救急センターの担当者が呆れている。

 携帯は命の次に大切という人さえいる現代社会において、携帯を他人に渡していなくなる人がいるとは予想外だ。
 「じゃ、あなたの名前を教えてください。それから後でこの電話にまたかけるかも知れないと持ち主に伝えてください」
 そう言って電話は切れた。

 バイクの運転手は横たわったまま。
 人工呼吸、AED、除細動・・
 順番と詳細な記憶がもつれて絡んでいる。
 断片的な知識は役に立たない。

 ストラップに大量に飾りがついた携帯を持てあましているとOLが戻ってきた。
 連れ合いを見送りに行ってきたという。よほど急いでいたのだろう。
 「じゃ、私ここから動けないんですか?」
 まぁ、そうじゃないかと思いますけど、僕はちょっと行くところがあるんですけど・・
 「あぁ、どうぞ。行ってください」

 事故現場を離れて、忘年会の会場にはいる。
 会場にはまだ誰も到着していなかった。
 気持ちが高ぶっている。
 OLは行ってくださいと言ってくれたものの、中途半端に放り出したようで、落ち着かない。

 やがて、やってきた知人に すぐ戻るからと言い残して、再び事故現場へ戻った。
 事故発生から8分。まだ救急車は来ていない。
 雨は強さを増している。

 バイクの運転手は目を閉じて横たわっている。
 さっきこの場所を離れた時よりも、状況が悪くなっているのを察知した。
 医大に通っているという女性と男性が付き添い、手を握っている。
 セミプロの彼らが人工呼吸やAEDの取り寄せを指示しないのだから、脈は安定しているのだろう。

 「救急車遅いっ」
 「だんだん冷たくなってきた」
 「毛布はないのか」
 「あそこに派出所があるのに、まだ警察はこないのか」

 タクシーの運転手が、じゃちょっと行ってくる・・
 と言い残してどこかへ消えた。

 そこへ、白い自転車に乗って警察官 1名到着。
 「タクシーの運転手さんはどこ?」
 えっと、こっちじゃないかな。
 通行人が傍らでハザードを点けたタクシーをのぞき込む。
 いない・・  電話するとか言ってたよね
 えっ逃げたの?

 皆、動転しているのだろう。
 脳で考えたことを、そのまんま口に出す人が少なくない。
 会社名の入ったタクシーを乗り捨てて逃げる運転手がいるかどうか、冷静に考えればわかる。

 「誰か、状況わかる人いますか?」
 警察官の問いかけに、誰も反応する気配はない。
 それを見きわめて 「はい」と立候補する。
 警察官は自転車の荷台に設置されたせんべいの缶々みたいなのを台にして、白い紙を広げる。
 濡れても大丈夫なコート紙なのだろうか。
 警察官が さぁどうぞと筆記の態勢にはいった時、タクシーの運転手が戻ってきた。

 「あんた どこ、行ってたんだ!」
 警察官が大声でどやしつける。
 そこまで強気に言わなくても・・
 警察官もやはり興奮するのだろうか。

 いや、ちょっと電話しに・・

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