« 増え続ける財政赤字のリアルタイムカウンター | トップページ | 15年前、財政赤字はいくらだったのか? »

2009年1月21日 (水)

びっくりたまげた東京マラソン

東京マラソンを完走したい 【 8 】

 第一回東京マラソンの反響は大きかった。

 テレビ中継を見た素人は、次の点にびっくりした。
「人が多い」
「抽選で落ちて、走りたくても走れない人がいる」
 マラソンを走るのに抽選がある。ということが普通では考えられない。
 しかも、落選者は 51,648人である。
 参加費は1万円なので、5億円の売上げを「要りません」と断ったのだ。
 資金繰りにあえぐ経営者の皆さんから見れば、羨ましいことこの上ない。

 沿道で応援した人は、雨の中を走っているランナーが嬉しそうに笑っているのに、びびった。
 42kmも走るのだ。
 10mでもムリ!
 という人が多いのに、42kmである。
 しかも、この雨の中を走ることの、どこがそんなに楽しいのか。

 翌日の朝刊を見た素人は「完走率」に驚いた。
 26,058人が受付をして 25,130人が完走。 96.44%。
 完走できなかったランナーは およそ900人。
 市民マラソン事情を知っていた人ならば、7時間という制限時間に鑑みて、さほど驚かない。
 ただ当日の雨天と極度の冷え込み、素人が大挙してエントリーしているであろうことを考えれば、90%程度かと予測していた。
 だが、出場者は思いの外、きちんと練習をしてきたのだった。

 3万人規模が走った日本初の市民マラソン。
 いったい何万人がびっくりしたかはわからない。
 ただ、その後確実にそこらを走っている人の姿は増えた。

 さて、ボランティアとして現場を見て、大いに士気が高揚したのだったが、1か月後の湘南国際マラソンは完走できなかった。
 第三関門の制限時間にあと3分届かず、記録は「DNF」

 翌シーズンは湘南国際マラソンに再戦を挑むという課題ができた。
 第二回東京マラソンは11か月前の時点で見送ることを決めた。
 「東京マラソンを完走したい」は2年後の目標に棚上げされた。

 東京マラソンが終わって一月半。
 もうすっかりボランティアに出かけたことも忘れていた 2007年4月3日
東京マラソンボランティアセンターより、一通のメール便が届いた。

 なんだろう?
 何かもらえるのだろうか・・
 封書から出てきたのは、ハガキの大きさ二つ折りの感謝状。
 Thank you 12,670
 それによるとボランティア参加者は 12,670人とあった。
 不遜な期待をしたのが、少し恥ずかしかった。

 2007年6月、第二回東京マラソンのエントリー受付が始まる。
 第一回のボランティアに出場優先枠を設けるかは当初「予定なし」となっていたが、ウェブサイトで優先枠なしと明記された。
 第一回で落選した人にも優先枠はない。
 第一回に出場した人も落選した人も、第二回で初めて応募する人も一律に抽選の対象となる。

 8月には二度に渡り、2007年のボランティア従事者を対象に、ボランティア・リーダーの募集が行われた。
 無料ならば応募するところだが、費用がかかるとのことで見送った。

 ボランティアは 9月3日から募集開始。募集定員は前年より 2千人増えて12,000人。
 こちらは抽選ではなく先着順。
 募集開始からおよそ1か月後の 10月1日に締め切られた。

 10月5日、抽選結果の発表が始まる。
 定員より2,500人多い27,500人を当選とした。

 明けて 2008年
 大会2週間前の 2月3日、マラソンコース脇の歩道を使ったウォーキング大会を開催。
 午前 7:30スタートで、ゴール制限時間は16時(8時間30分)

 2月14~16日、東京ビッグサイトで選手受付 (2007年は東京ドームだった)
 受付したのは 27,386人。
 27,500人に一次当選通知を出し、11月12日には二次当選を出して、この人数。
 まさか当たるとは思わずに申し込んだけれど、お金は払わなかったというお調子者が、ずいぶんといたことになる。

[ 東京マラソンを完走したい ]
は東京マラソン2009開催まで、毎週水曜に連載する予定です。



| |

« 増え続ける財政赤字のリアルタイムカウンター | トップページ | 15年前、財政赤字はいくらだったのか? »

しらべるが走る!」カテゴリの記事