花と東京マラソンと日比谷公園
ある時、僕は、東京マラソン2007のボランティア説明会に出ていた。
ボランティア・リーダーが、担当拠点ごとにボランティアを集めて、仕事の内容を説明する。
僕が参加した「新宿出発地点フルマラソンランナーの荷物受付」班の隣では、ゴールゲート班の説明が行われていた。
「ゴールした後、女性だけに、花束を渡します」
メダルだけでもびっくりだが、花束までとは、大盤振る舞いだ。
そこで、僕は思った。
どうやって、男女を見分けるのだろうか?
ランナーは、目深に帽子をかぶり、CW-Xなどのロングタイツをはくと、男女の見分けがつかない。
ゴールしたランナーに向かって
「すみません、女性ですか?」
と確認するのは、難しそうだ。
答えはすぐに説明された。
「女性は、ゼッケンの数字の前に F がついていますから、F がついている人に渡してください」
その場がざわめき、安堵した空気が流れた。
この花束について、東京マラソンを開催にこぎつけるまでの実質的な責任者、遠藤雅彦は著書「東京マラソン」で、次のように書いている。
(以下引用)
シカゴマラソンのフィニッシュ会場には、花束を売っているブースがあります。
~中略~
東京マラソンのフィニッシュ会場で花束を売るブースを出しても、たぶんあまり売れないでしょう。そこで、まず配ろうと考えました。マラソンを完走した人には花束を贈るという習慣が根付くまで、何回かは配る必要があると思ったのです。
(引用おわり)
なかなか美しい話だ。
ところで、東京には100年前にも、似たような話があった。
かつて、日本初の公園「日比谷公園」を作った時のことだ。
1900年頃、日比谷公園の設計者である本多静六は、公園の設計図に門を書かなかった。
すると、市会で猛烈な反対を受けた。
「なぜ各門に門を設けないのか、夜間に花や木を盗まれてしまう」
これに対して、本多は反論する。
「公園の花が盗まれないくらいに国民の道徳が進まねば日本は亡国だ。公園は公徳心を養う教育機関の一つになるのだ。私は公園にたくさん花を植えて、国民が花に飽きて盗む気が起こらないくらいにするのだ」
今となっては、公園に門がないのは当たり前。
公園に花を盗みに行く人はいない。
だが、歴史が始まる前の価値観は違っていた。
さて、東京マラソンの花束の話に戻る。
結論から言うと、ゴールした女性ランナーへの花束は、第1回限りとなっている。
第2回、第3回では配られていない。
だからと言って、花束を買って贈る習慣が根付いたわけでもない。
第3回のゴール地点には、花束を売っているブースは見あたらなかった。
遠藤雅彦は、第1回を限りに、東京マラソンの担当から外れている。
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