まぁそげん、おちこまんと
お弁当生活は、給食よりもマシという程度だった。
前の学校では、月間献立表でカレーシチューやカレーうどんを指折り待った。だが、毎日の給食はそれほど楽しみではなかった。
弁当になっても、状況は変わらない。
専業主婦の母は、子どもの栄養価を考えて、おひたし、煮物、野菜をたくさん入れてくれた。
だが、親の心子知らず。
僕は卵焼き、ウィンナーソーセージがそのまんま、どーんと入った弁当が食べたかった。
田舎には雑貨屋がある。
田舎には雑貨屋しかない。
スーパーは隣り町の青方まで行かなければない。
食品、雑貨、お菓子・・いわゆるコンビニの昔版。それが雑貨屋。
雑貨屋にはいつも、近所のおばちゃんがたむろしていた。
漁師の母ちゃんは豪快だ。
「今日はお前んとこは、なんか?うなぎ?また、なんばすっとか?」
「おばば、おいに、こんちんぽばくれれ がはは」
*おばさん、私にこの赤いウィンナーソーセージを売ってちょうだい ほほほ
僕はいたたまれず、仮面ライダースナックを買うのを諦めて、店を出た。
ちんぽばくれれと言ったのは、空手を習っているジャイアンの母ちゃん。
ジャイアンの弁当は、クラスでただ一人ランチジャー。
お昼になると、教室に棟梁が迷い込んだようで、格段に浮いていた。
五島列島は、当然だが、四方を海に囲まれている。
しごく当然だが、海の幸が豊富である。
なにせ、ひざまで海に浸かればウニが食べられる。
子供の頃から、一日何時間でも図鑑でえび・かにを眺めて暮らしていた僕にとっては、楽園の・・・
はずだった。
父は高校で教諭をしていて、その生徒の大半は漁師の子供である。
すると、近所のご父兄が
「先生、キスん釣れたよ」
「先生、サザエんとれたよ」
などと言って、とれたての魚を持ってきてくれる。
その日、父兄から持ち込まれたのはアワビだった。
アワビはウニよりも深いところに住んでいるので、潜れない僕は獲ったことがない。
ずいぶん後にそれは贅沢品であるということ、香港ではアワビでぼったくる業者の方がいることを知るのだが、初対面のアワビを見て、美味しそうだとは思えなかった。
悲劇は翌朝に起きた。
いつも通り、歯をみがき顔を洗って顔を上げた時だ。
顔がエレファントマンになっていた。
それは後に観た映画だが、記憶を総合すると、鏡の中にいたのはエレファントマンそのもの。
あるいは田中角栄のようでもある。
かつての総理大臣、田中角栄により「顔面神経痛」という病気が、世の中に周知されていた。
「顔が田中角栄になったから、今日は休みます」
というわけにもいかない。
これは一時的なものであり、お昼には治っているかも知れない。
そう思って登校したが、下校する頃になって、洗面所の鏡を恐る恐るのぞくと、やはりそこにはエレファント田中がいた。
そのとき、13歳。
左右非対称のこの顔で、僕はこれからずっと生きていくのか。
人並みに恋をすることも、もう叶わないだろう。
まだ、なに一つ楽しいこともしていないっていうのに・・
僕の心は、深い海底に沈んだ。
ただ、不思議に歪んだ顔をネタに、虐めてくるヤツはいなかった。
女の子たちは、たいがい見て見ぬふりをしてくれた。
「いやぁ、アワビ食べたら、腫れちゃって」
自虐的に言う僕に、となりの席のトモコは、
まぁそげん、おちこまんと。
じきになおるよ。
と励ましてくれた。
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