フグと泳ぐ海
五島の家は、たいがいの家が狭かった。
玄関の土間から見える畳の部屋には、布団が敷かれているのが見えた。
布団はもっこりと盛り上がっている。
そこにハラが寝ているのだろうが、布団をかぶっていて、顔は見えなかった。
この度は本当に申し訳ありません。
寄りによって、石を投げるなんて・・
ハラ君のお具合はどうですか?
いや、あんまりよくないみたいで、帰ってからはずっと寝てますよ。
もう、ほんとに、気をつけていただかないと
山口弁の母と、五島弁のハラの母が標準語で、すべった会話をしている時、ハラの弟が肩越しに、目ざとくケーキの箱を見つけた。
すると、弟は兄の病床にスライディングして駆け込んでいった。
「兄ちゃん、ケーキ!ケーキ!」
兄が少し動いたように見えたのは、きっと僕の気のせいだろう。
ハラはそれ以降、僕を畏れるようになった。
たまに、僕を怒らせるようなことを言った時は、
あ、頼むから石だけはやめてよ
と付け加えるので、僕は複雑な気持ちになった。
五島の夏、唯一の娯楽は海で泳ぐことだ。
海水浴などという優雅なものではない。
自宅から海パンで駆けだして、ガードレールのない道路から海に飛び込む。
その海には、食べられないフグが大量に泳いでいて、フグと海を共有するのである。
飛び込めるくらいだから、いきなり深い。
足が届かない。
そして、僕は泳げなかった。
遠浅の砂浜ならば、1m限定の平泳ぎでお茶を濁せるのだが、足の届かない海に入ったら命が危ない。
山口にいた時、泳ぎが達者だった友達が海で死んだ。
足に藻が絡んで溺れたのだと聞いた。
だから、余計に海は怖かった。
夏休みにはいると、友達がいなくなった。
全員が泳いでいるからである。
泳ぎに行かないのは、僕ひとり。
すると、初めての登校日が悲惨だった。
クラスじゅうの生徒が黒いのである。
そこに、ただ一人、美白の少年がいる。
女子も例外なく、黒かった。
黒い女子に珍しそうな眼差しで見つめられて、僕はいたたまれなくなった。
それからというもの、僕のくろんぼ作戦が始まる。
浦桑のみんなが泳いでいるフグの海に行けない僕は、町外れの海にある岩場に通うことにした。
そこで、海パン一枚になると、岩の上で寝るのである。
10分も寝れば、すぐに真っ赤になるので、体を冷やす必要がある。
潮水の中で目は開けられないので、水中メガネをつけ、岩につかまって海にはいる。
岩場はまるで別世界だった。
青や黄色の魚、そして僕が大好きなエビが目の前に現れた。
食べたい・・
そう思った僕は、蚊を叩くように両手で捕らえようとしたが、エビは難なく足びれで上にシフトして、僕の手をかいくぐった。
滅多に食卓に乗らない高級品を、この手でゲットできるチャンスを逸した僕は、うちひしがれながらも、夕暮れ迫るまで、甲羅干しと、水遊びを繰り返すした。
しかし、問題はペーロンだった。
つづく
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