場違いなケーキ
僕の石のつぶて攻撃を受け、ハラはその場に崩れ落ちた。
いじめの相棒、ユカワが叫ぶ。
「わぁ、先生に言いつくっぞ!」
おいおい、そっちかよ。
友達を心配しろって
一瞬、死んだか・・ とは思わなかった。
ハラが、オーバーなやつだと知っていたからだ。
そういえば昔は、冬に着る防寒着をオーバーと言ったが、最近めっきり聞かなくなった。
と思っていたら、今年の春先、デニーズでおばさん二人が話していた。
「先週の金曜、寒かったよね~」
「私なんか、オーバー出しちゃったわよ」
おーばぁ?
僕は、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
ただ、言いたかっただけだが・・
だいたい、ハラの倒れ方が不自然だ。
意識が飛ぶような激痛ならば、受け身もとれず、地面に頭を打ち付けそうなものだが、しっかり手を着いて、その手を枕にしていた。
ハラは同じ浦桑に住んでいるので、ソフトボール大会では同じチーム。
とても口は達者だが、運動のセンスがまるでない。
それでも足だけは速いので、出番はいつも代走。
だが、タッチアップとかいう難しいルールは、記憶領域に入りきらないようで、犠牲フライを外野手が捕球した時には、もう半分くらい走っていて、僕らをがっかりさせた。
彼が倒れたというか、僕が倒した現場は、浦桑の町の入り口、僕が「浦桑坂」と読んでいた坂だ。
計ったかのように、そこから20m先に、新魚目町ただ一軒きりの町医者「中口医院」があった。
大丈夫か?
と大丈夫なわけがないハラを立たせて、病院に連れて行った。
ハラの後頭部には、ぱっくりと傷口が開き、それは、ウニの底みたいだった。
「それかね、そりゃ、すぐ謝り 行かんと、いけんね」
帰宅して、ハラに怪我をさせたことを、涙ながらに報告すると、下関生まれの母は、山口弁でそう言うが早いか、財布をにぎって僕を引き立てた。
ここで、一緒に謝りに行くという発想が、迷わず出てくる親はたいしたものだ。
人は誰でも、できれば、面倒な現場には立ちたくない。
こういうのが、キモが座っているというのだろう。
手ぶらというわけにもいかないので、お見舞いを買おうと雑貨屋に立ち寄った。
しかし、そこは田舎の雑貨屋である。
今時のコンビニに常備されているような、菓子折セットは置いてない。
ウィンナーソーセージでも買っていけば、ハラは喜ぶだろうなと思ったが、反省していないと思われるので、口に出すのはよした。
店内を物色していると、明らかに場違いな一品があった。
クリスマスケーキだ。
12月に入って間もないその日。クリスマスケーキの予約をとるための見本として、白いバタークリームで塗り固められたケーキが1つ、ショウケースに鎮座していた。
今思えばフシギだ。
なぜ、見本が実物だったのだろう。
日持ちがしないから、クリスマスまでに何度も見本を取り替えなければならないだろうに。
「これ、売ってくれる?」
母は店のおばちゃんに尋ねる。
僕も、これならば、怪我を負ったハラも機嫌が直るだろうと思った。
これは、今日入ったばかりの見本だから、売り物じゃないんだけどと言いつつ、お見舞いでどうしても欲しいという母の粘りに折れて、包んでくれた。
雑貨屋からハラの家までは徒歩5分。
年頃の僕は母と並んで歩くのが少しだけ、恥ずかしくて、ちょっと距離を置いて歩いた。
「ごめんください」
母が開いていた玄関の土間から、ハラの家をのぞきこむと、
「きたきたきた・・」
というひそひそ声と、慌ててどこかへ駆け込むような足音が聞こえた。
声の主はハラの弟だ。
7/20へつづく
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