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2010年2月14日 (日)

デコ ポルトガル代表から引退

2月4日
チェルシーは 2009-10シーズンに入ってすぐ、FIFAから補強禁止の命令を受けていた。
かつて、ランスから獲得したMFガエル・カクタ入団に際して、違反があったとのことだ。

もしも、この裁定が有効ならば、2009-10シーズン終了後、チェルシーは既存選手の引き留めをしなければならない。
それは、少なからずデコの去就にも影響する。
ところが、この日、スポーツ仲裁裁判所(CAS)が、チェルシーに非はなかったとして、処分取消の裁定を下した。
これで、このシーズンオフも通常通り。
チェルシーはチームの若返りを図るだろう。
W杯を終えた後、デコがどのような選択をするか、注目される。

そして2月4日、とうとうこの日が来てしまった。
欧州の一流サッカー選手に対して、この言い回しをする機会は2度ある。

一度めが、代表チームからの引退
二度めが、クラブチームからの引退、すなわち現役引退

「代表引退」には歳をとってきた選手が、後進に道を譲り、代表チームの新陳代謝を促すという献身的な意味合いがある。
自分はまだまだ主役を張っていられるのだが、それでは、代表チームのためにならない。そこで涙を呑んで身を引こうというわけである。

「とうとうこの日が来てしまった」を日本では 2度いうことはない。
「代表引退」が実際にはないからだ。
日本では代表がクラブチームより、はるかに上に格づけられている。
代表に止まっていることは、個人つまりクラブチームでの現役という立場について、この上ない身分保障となる。

代表の座を自ら手放すことは、クラブチームでの身分保障を手放すに等しい。
別の言い方をすれば、惜しまれて代表引退するほどの特別な能力をもった選手がまだ現れていないということになる。
中田英寿はその能力を持っていたが、彼は代表引退と同時に現役を引退してしまった。

スウェーデンのヘンリク・ラーションは2002年W杯出場後、代表を引退した。
1971年生まれのラーションは当時30歳と9ヶ月。
だが、2003年にはラーションの代表復帰を望む11万人の署名が集まる。
そして、ユーロ2004で代表に復帰。その後、2006年W杯にも出場。二度めの代表引退をしたが、ユーロ2008前に復帰して、ユーロ2008にも出た。

ポルトガルのルイス・フィーゴはユーロ2004を最後に代表を引退。
だが、優秀なアタッカーが育っていなかったポルトガルチームは彼を、2006年W杯予選途中から代表に復帰させた。

「若い選手たちに道を譲る」
「歳をとってきているし、代表の試合を戦うことに疲れた」

デコが2010年W杯後の代表引退を発表した。
「歳をとった」
「疲れた」
という言葉はデコに似つかわしくない。彼はそういうことを言わない男。
違和感がある。
その言外には 体力的なものではない、何かを感じる。

いったん代表を引退すれば、ブラジル人のデコがポルトガル代表に再び戻る可能性は低い。
デコは一本気な男だけに、ポルトガル国民から10万人の署名が集まる・・くらいのことがない限り、一度引いた場所へ戻らないだろう。

6月から始まるW杯
なんとか、デコにW杯を掲げさせてあげたい。

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