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2010年6月 5日 (土)

デコ「移籍先はW杯後に決断する」

5月15日
第129回FAカップ決勝 ウェンブリースタジアム
ポーツマス ○1-0
チェルシーはFAカップ2連覇 6度めの優勝
最多優勝はマンチェスター・ユナイテッドの11度。

デコは前シーズン、一度もFAカップ戦に出場しなかった。
今シーズンは、出場していたが、決勝ではベンチ入りしなかった。

今シーズン、チェルシーでの最後の出場は、4月25日、プレミアリーグのストークシティ戦となった。

ポーツマスMFケヴィンのタックルを受けたバラック(国籍:ドイツ)は、負傷して途中交代。
全治8週間と診断され、結局は6月1日発表の最終メンバーから漏れた。

年齢的にみて、デコ同様バラックにとっても、南アフリカ大会は最後のW杯。
悔やんでも悔やみきれない。
その事態がデコの身に起きていたら・・・
そう考えたらぞっとする。

と言ってもまだ安心はできない。
2006年W杯直前のこと、デコは練習中に味方のタックルを受けて負傷。
グループリーグ初戦 アンゴラ戦を欠場した。
どこに、どんなリスクが転がっているかはわからない。

5月18日
ロイターがデコ本人の記者会見の内容を伝えている。

「フルミネンセと来季の移籍について交渉した」
「移籍の可能性は大きいが、現時点で発表することはない」
「W杯後に決断する」

これで、W杯が終わるまで、ニュースの監視から逃れられる。
去年も九分九厘インテル移籍と思っていたが、結果は違った。
しばらくは、デコ最後のW杯を楽しむことに集中しよう。

2009年12月12日、プレミアリーグ16節エヴァートン戦が行われた週。
デコは、お父さんの具合が悪いという理由でチームを離れたことがあった。

32歳という若さでの欧州撤退。
デコは完全な撤退ではなく "一時的な撤退" だという旨のことを言っている。
ブラジル帰国は、父の具合が理由の一つかも知れない。

また、移籍先はブラジルだけとは限らない。
モウリーニョがレアル・マドリー監督に就任したとなれば、師弟関係にあるデコに白羽の矢が立つことはないか?
メディアが伝えるモウリーニョの獲得リクエストにデコの名はない。
一方、デコはバルセロナの街とクラブを愛している。
バルサ在籍時は、宿敵レアル・マドリーに対して好戦的な態度をとってきた。
これはエトーにしても同様である。

ごく普通に考えれば、デコのマドリーへの移籍はあり得ない。
だが、モウリーニョ指揮の元、ロナウドとの連携で相手を翻弄する姿も見てみたい。

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