返ってこない1000円
サカタ君に 1000円を貸してから33日め、
その日は節目のイベントがあった。
2時間にわたるサカタ君と同席する会議。
会議の前後に雑談でもすれば、なにかの拍子にお金を借りていたことを思い出してくれるかも知れない。
いつも通り、開始の10分前に会議室にはいる。
サカタ君は開始時間ぎりぎりにやってきて、僕の隣りに座った。
会議中に雑談はできない。
会議が終わるや否や、サカタ君とは間髪を入れずに席を立って行った。
この日、僕らのやりとりは
「よぉ」「おぉ」
「じゃ」「じゃ」
だけに終わった。
お金を貸してから34日め、あの日のように サカタ君が僕の席にやってきた。
「ちょっと、立ってご相談があるんですけど、いいですか?」
時々、彼はこうしてやってきて、僕に意見を求める。
そういう時、2人で近くのキャビネットのところへ行き、立ったままで話す。
腰を下ろすと話が長くなるからだ。
「いや、今朝思い出したんですけど、確かお金返していませんでしたよね。大変申し訳ない」
そういう言葉を想像した僕の期待はまた裏切られた。
「先日の調査結果が出たんですけど、分析資料のつくり方について、意見を聞かせてくれませんか?」
ほんとうに、相談だった。
「また、そろそろ定期ミーティングしましょう」
彼からの申し出を受けて、その場はお開きとなった。
こうなると、そのミーティングが最後の切り札だ。
サカタ君とは、月に一度、仕事が終わった後、喫茶店へ行く。
主に 会社のこと、非定常業務 についての意見交換をする。
職場では周囲の目もあり、話しづらいようなことを話す。
いつも、こちらから声をかけて日取りを決めるのだが、このところは、借金返済を迫る場を作るようで気が引けていた。
2ヶ月、間が空いたので、彼のほうから「そろそろ」という水が向けられたわけだ。
定期打合せの日は5日後、お金を貸してから39日めに設定した。
39という数字が好きというのもあるが、その5日間で給料日をまたぐという要因が重要だった。
給料日直前の場合、1,000円を返すと帰りにコンビニにも寄れないということになっては、彼に悪い。
1000円を貸してから39日め
僕らいい年をした男二人が、いつもの喫茶店で向き合っていた。
いま、その映像を想像した皆さん、ちょっと気持ち悪かったかも知れない。スミマセン
僕はこの日のためにある作戦を立てていた。
初めにカウンターでコーヒーを買ってから席につくこの店では、先にお金を払う。
席につくと、互いに財布を鞄にしまいながら、話が始まる。
そこで、コーヒーを2,000円札で支払い、おつりの千円札 1枚を
サカタ君の目の前で財布に仕舞う。
それも、ゆっくりと。スローモーションのように。
あの日、僕が財布から1000円札を出したシーンと同じ財布と1000円札の映像。
彼の脳裏にあの日の記憶がフラッシュバックされるに違いない。
この試みは失敗に終わった。
サカタ君は僕の財布にも、1000円札にも まったく反応しなかった。
彼は完全に、僕から1000円を借りたことを忘れているのだ。
記憶の隅っこにもない。
彼が心を痛めないようにと、39日間待ち続けたのに。
サカタ君に1000円を貸してから 46日。
もう、僕が言い出さなければ1000円は返ってこないだろう。いつか、切り出そうか、それともこのまま忘れようか。まだ決めていない。
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