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2011年1月24日 (月)

2010年12月の河村たかし

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河村たかしを追っかけるがね
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12月8日
名古屋市議会で、市民税10%減税の恒久化条例案が否決された。
前日おこなわれた名古屋市議会の財政福祉委員会で否決されたのを受けたもの。

*基本的なこと
委員会と議会は会派(すなわち政党)比率が同じなので、委員会の議決と議会の議決は一致する。
これは国会でも同じ。

これで、2010年6月1日から始まった名古屋市の減税は、2011年3月で打ち切られることになった。
減税の打ち切り=増税を決めたのは「名古屋市議会」である。

12月7日
リコール請求を審査している名古屋市選管は、審査を終えた1,314人分の異議申し出のうち928人が無効から有効に変わったと発表した。

12月8日
自民党は、2011年2月 愛知県知事選への出馬を表明した大村秀章衆院議員について、離党届を受理せず除名した。
これで県知事選は自民党を追われた大村秀章、それを民主党を追われた河村たかしが支援する連携となった。

12月9日
名古屋市選管は、河村たかし支援団体が一括提出した 21,000人分の署名について、本人の意向が確認でき次第、有効として扱うことを決めた。
この決定は"フェアな選管"を印象づけた。

リコール請求が成立し、市議会が解散した場合、出直し市議選は2011年3月。
だが、リコール請求が成立しなくても、統一地方選は2011年4月。
リコール請求の民意が届かなかったという無念が河村陣営に残れば、それは選挙において河村側にとって、力の源泉となる。

12月10日
大阪府の橋下徹知事が提唱する「大阪都」
河村たかしが提唱する「中京都」
これに対して「東京都」の石原慎太郎知事が意見を述べた。
「政令都市を抱えている知事は非常にはかないもの。その気持ちは分かるが、都と呼ぶ限り賛成できない」

12月14日
民主党に属する名古屋市議 則竹勅仁(のりたけくにひと)が離党届けを出し、河村たかしの地域政党「減税日本」に加入した。

則竹勅仁は 2003年に名古屋市議に初当選した際、公約通りに費用弁償の受取を拒否したところ、選挙時は何も言っていなかった民主党市議団から全会一致で除名されてしまった。

費用弁償の実質は交通費。
名古屋市議会の場合、1日1万円で年間80万円が支給される。

当時、衆議院議員で民主党愛知県第1区総支部責任者だった河村たかしが、かつての秘書に対する仕打ちを見かねて間に入り、則竹勅仁はたった1人で「民主党クラブ」という会派をつくり、七年間活動してきた。

河村たかし陣営に心強い活動家が加わった。


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