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2011年1月30日 (日)

デコの2010年を振り返る。4

6月4日
日本対コートジボワール戦
闘莉王がドログバを骨折させた。
グループリーグでコートジボワールと対戦するポルトガルにとって、好材料が1つ増えた。
ドログバがいるといないでは、試合そのものがひっくり返ってしまうからだ。

6月7日
カンペオナート・ブラジレイロ(ブラジル国内リーグ)がこの日の試合を最後にW杯休戦にはいる。
デコの移籍先として名前が挙がるフルミネンセは、7節を終えて5勝2敗 勝ち点15で3位につける。

6月8日
練習中にナニが肩を負傷。
代わりにベンフィカのルベン・アモリムが招集された。
これでポルトガルはボジングワ、ナニという強力なレギュラーを失った。

親善試合ポルトガル3-0モザンビーク
カルロス・ケイロス監督は、1953年3月1日モザンビーク生まれ。
1999年から3年間、南アフリカ代表監督を務めており、開催地に利がある。
そんなことにも期待した僕たちはバカだった。

ワールドカップ 南アフリカ大会が始まった。

■グループリーグ第1戦
6月15日(火)22:30
コートジボワール-ポルトガル

デコは当然のごとくスタメンで出場。
骨折のドログバは選手登録されたが、ベンチを温めている。
終始コートジボワールの黄色いユニフォームが自陣に引いて、その周りをポルトガルの白いユニフォームが攻め倦ねるという展開。

雨が強くなり、足下のパスを得意とするポルトガルの攻撃が機能しない。
ここでケイロス監督はデコに対して、2列め右サイドにポジション・チェンジを指示。
これがデコのW杯を終わらせた「僕はウィングじゃない」発言となった。
そして後半15分、デコはチアゴと交替でベンチに下げられる。
NHKのアナウンサーが「(交替は)デコですか?」と驚く。

僕らは目を疑う。
何が起こったかわからない。
確かに、足下が悪いからといってロングボールを入れる指示を出したケイロス監督の策は的を外した。
だが、試合後にデコがメディアに語った戦術批判にこそ、目を疑った。

初戦は、なぜか勝ち点3を取りに来なかったコートジボワールに救われて、薄氷の勝ち点1。
この時、第2戦以降の捲土重来を確信していたが、デコには二度と出場の機会は訪れなかった。
デコのW杯はわずか60分の出場で終わってしまったのである。

メディアは報じないが、これは事実上、監督による出場停止と言えた。

*次回のデコブログは2月13日です。

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