言い訳を地域性に求めたのは誤りだった。
僕ら二人は荷物置き場と化した手狭な応接室に通された。
「すみません。すぐ戻ると思いますから・・」
現代ならば、携帯に電話をかけて捕まえるところだろうが、当時はそれがない。
彼女も、きっと心細かろう。
僕らはただ、今ごろ無邪気にお昼を食べているであろう鈴木社長を待つしかない。
受付嬢が置いていった、ぬるい麦茶を前にたたずむ二人。
サトウさんはさっきから無言のまま。
心なしか、頭から湯気が立っているように見える。
そこで、この事件は起きた。
というか、起こした。
何とかして、この場を取り繕いたい。
沈黙の重さに絶えかねた当時の僕は、こう口を開く。
「あのぉ、福岡には博多時間というのがありまして。約束の時間に30分くらい遅れる風習があるんですよ」
へぇ~そうなんだ。それは長閑な風習だねぇとは言わず、
サトウさんの顔が、さらにひきつった。
そして、また静寂が訪れた。
あいたっ、今日やったかね
受付嬢に責められている鈴木社長の声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
しばらくすると、いやぁ、すんまっしぇんと言いながら、鈴木社長が入ってきた。
サトウさんは「こういう時は訪問を受ける側が先に座っておけ」とは言わず、非礼を責めることもなく、品のいい言葉遣いで商品の特長を説明し、事務所を辞した。
その後、2軒の訪問先では、約束通り社長が待っていて、暖かく迎えてくれた。
もちろん、博多時間なるものがあるわけがない。
約束は信頼。
それを大切にする人と、そうでない人がいるだけだ。
そうして何事もなかったかのように、半日のプロモーション活動が終わると、サトウさんは飛行機に乗って東京へと帰って行った。
それから数ヶ月後、冷や汗をかいた夏の出来事もすっかり忘れていた初秋の候。
あのサトウさんと会社の上層部が交わした会話が耳に入った。
「九州の若造から "遅刻は博多時間だから仕方ない"と言われた」
サトウさんがお怒りになるのは、ごもっともだ。
僕が悪い。
時間を守らない人は、ビジネスマンとして失格。
自分はそう思っていたが、まさか得意先の鈴木社長にたいして、ビジネスマン失格の烙印を押すわけにもいかない。
つい、その場を取り繕おうとして、地域性にすり替えた話をしてしまった。
サトウさんの抗議は、上司から先輩とツークッションを介して僕に伝えられた。
お咎めは無し。
この件が戒めとなり、以後、地域性を言い訳に持ち出すことを自らに禁じた。
会社の暖かさを痛感すると共に、耳の痛い情報が自分に伝えられたことに感謝した。
もう数十年前のことだが、今も思い出して顔から火が出た。ぼーっ
不始末の論拠を地域性に求めたのは誤りだった。
だから、地域性を言い訳に持ち出す人を、とやかく言えない。
日本には特別な力を持った人たちがいて、間もなく、いくつかの新聞社と放送局が「終わり」になる日が来るのか。
ただ、見守るしかない。
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