「ため息男」現る!
金融系の会社に勤めるスズキさんは、本社の総務部に勤務している。
その本社は都心の一等地にあり、高層ビルの上層階5つのフロアを占有している。
ある日、スズキさんは営業部のサトウさんから什器の移動について相談を受けた。
初めて顔合わせしたサトウさんは、いわゆるMr.ダンディ。もの静かだが、どこか他人を寄せ付けないような空気があったという。
翌日、いつものように近隣の蕎麦屋でお昼を済ませたスズキさんは、自販機で缶コーヒーを買って事務所に戻った。
以前は、食事の後に喫茶店へハシゴしていたのだが、一等地から個人経営の喫茶店は消滅してしまい、ほとんどがカフェチェーンになってしまった。
スズキさんはあの椅子の高さが落ち着かないのだ。
会社の各フロアには休憩室がある。
お昼休みはそこで椅子に座り、缶コーヒーを飲みながら新聞を読む。
釣り好きな同僚がいれば、週末の釣りの話をする。
それがスズキさんの楽しみだ。
休憩室のドアを開けると、そこに意外な顔があった。
どこかで見た顔だなと思ったその人が、昨日彼を訪ねてきた営業部のサトウさんだとわかるまで時間はかからなかった。
休憩室は各フロアにある。
そのような決まりはないが、一般的に考えれば、そのフロアの休憩室はそのフロアの人が使うものだとスズキさんは考えている。
??
一瞬、そんな疑問符が浮かんだのを見透かして、サトウさんが言った。
「ちょっと、営業部はそんな雰囲気じゃないんで」
昨日初めて会い、10分ほど話しただけだ。
深い人間関係があるわけではない。
それ以上、詮索するのはためらわれる。
恐らく、営業部では居場所がない人なのだろう。
スズキさんはそう独りごちた。
その日から来る日も来る日も、お昼御飯を食べ終わる頃、営業部からサトウさんはやってくる。
まず、新聞棚に向かい、その日の朝刊をつかむ。
空いている場所を見つけると、新聞をばさっと置いて椅子を2つ引く。
1つに腰をかけて、1つに肘をかける。
はあ~っ
長距離ランナーか!とつっこみたくなるような肺活量から絞り出される、太く大きなため息は2秒近くつづく。
新聞をいっぱいに広げて読み始める。
「ちっ」
出た、すずめ男だ。
いったい誰に舌打ちしているのか。
午前中に上司に嫌なことでも言われたのか。
「g▲*×■&#」
なにか、言葉にも成らぬような独り言が不定期に続く。
はあ~っ
件の強力なため息も、定期的に周囲を威圧する。
そして、新聞を読み終えると、新聞を棚に戻してきてから椅子の上で眠りにつく。
はあ~っ
長いため息をつくと、しばしの眠りに落ちる。
スズキさんは、それまでこの「ため息男」が毎日出没していることに気づいていなかったのだという。
知っていることは気になるが、知らないことは気にならない。
人間の特性をよく表したエピソードだ。
総務部の休憩室は日に日に、使う人が減り、今や昼休みは「ため息男」の個室になっているという。
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