闇に沈むスカイツリー
エンダくんは30歳を過ぎたサラリーマンだ。
学生の時からずっと賃貸アパートに住んでいるのだが、家賃を捨てているようでもったいないと考え始めている。
まだ独身だが、そろそろマンションを買っておこうか。
最近では、会う人ごとにその話題を切り出して、情報を集めていた。
「住んでるとこは、マンションっすか?」
その日は食堂で、50台の同僚にその相談をぶつける。
彼は都内にマンションを所有しているという。
「一概には言えないけれど、消費税が上がる前の今は、ひとつの買い時だろうな」
一見、気が利いているが、実は誰にでも言える。
ハズレのない占い師のような分析にもエンダくんは
「なるほどっすね」とうなずく。
要は背中を押してくれる誰かの言葉を探していたのだ。
結論はとっくに出ている。
その週末、彼はとある新築マンションのモデルルームにいた。
まだ建築中で、高さはようやく半分を超えたところだ。
そこは、いつも外回りで走る高速道路から見えるマンション。
高架にある高速道路から見えるくらいだから、そこそこに高層のはず。
都心の好立地もさることながら、いかした外観に惹かれた。
「完成引渡しは1年後ですが、消費税増税前ということと、インフレ要因が原価に反映しない最後の物件ですから、ちょーお勧めです」
自分と同い年くらいのイケメン兄ちゃんが言う。
いつもは会議中に連発して呆れられている「ちょー」も、他人が使うと浅はかに聞こえる。
「晴れた日は富士山が見えますよ。反対側の高層階からはスカイツリーを見ることも可能です」
いつもは得意先に使って煙たがられている「可能です」も、他人がいうと鼻につくなと彼は思う。
"高層階からは"という言葉が引っかかったが、彼の脳内は闇に沈むスカイツリーの方で満たされていた。
モデルルームは、キッチンとぶち抜きの重厚なフローリング。
エントランスには入居者が交流するラウンジ。
受付嬢も常時2名、常駐するという。
自らの現状も忘れ、舞い上がった彼。気分はすっかりエグゼクティブだ。
長年の無計画がたたり、貯金はほとんどない。
マンション購入には、ある程度の頭金が必要だと言うことは、最近になって知った。
不動産会社の説明に寄れば、それでも月収の大半と賞与の全額をつぎ込めば、買えなくはないらしい。
しかし、頭金がないと言った途端、イケメン兄ちゃんの顔が曇ったことには気づかない。
売り手としては、収入の大半を用いてようやく払えるかどうかという客は、属性として危うい。
高額の部類に入る物件はできればもっと、属性のいい客に売りたいのだ。
高速道路を見下ろし、スカイツリーを臨む日々。
エンダ君の夢は大きく膨らんでいた。
つづく
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