WBCの歴史 2001年~2006年
World Baceball Classic
MLBのご都合主義で開催される、国際的な野球大会である。
その歴史は2001年に始まった。
2001年
11月、MLBが米国フロリダ州かアリゾナ州で開催する方向で準備を始めた。
2003年3月開催、米国、日本、大韓民国、カナダなど8~16カ国が参加。
以降4年に1回開催
・・・という構想だったが実現しなかった。
この構想が発表された直近のIBAF主催である世界選手権が「W杯」と改称された。
そのため、こちらのW杯は"スーパー"を冠して「野球スーパーW杯」という呼称になった。
しかし、2003年には実現しなかった。
2004年
6月、MLBが決めた要項を各国に打診。
報道では「野球W杯」と呼称された。
当時の構想は以下の通り。
各国の選抜選手が代表チームをつくる。
2005年3月4日アジア地区で開幕。
4チーム×4グループで1次リーグ
4チーム×2グループで2次リーグ
準決勝、決勝と進む。
3月21日、米国で決勝開催
しかし、MLBによる調整は実らず、2005年には実現しなかった。
2006年
3月、第1回WBC開催
優勝国:日本
アメリカの試合をアメリカの審判が裁き、アメリカに有利な判定をした。
日本を率いた王貞治監督は「野球発祥の国アメリカでこのようなことがあってはいけない」とメディアに語った。
当時は西武に所属していた松坂大輔がMVPを獲得。
松坂はこの年の秋、ポスティングでMLBに移籍。
国際大会で評価を上げていたため、レッドソックスの入札額は60億円に上った。
西武は松坂に支払った生涯年俸総額を差し引いても、43億円の儲けとなった。
日本代表チームで意外だったのは、メジャーリーガー、イチローの出場だ。
オリックス在籍時は人を食った発言に終始し、個人主義にみえた。
とてもNational team のために一肌脱ごうという気質には見えなかったからだ。
そして、もうひとつ意外だったのは松井秀喜。
故障していたわけでもないが出場しなかった。
日本の四番は松井秀喜しかいないと思っていたファンは落胆した。
つづく
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