鉄道の弘売 下関市
母がまだ若い頃、僕の手を引いて
この店に入る度、いつもため息をついた。
安いねぇ、鉄道の弘売
てつどうのこうばい
その言葉は幼い僕の胸に焼き付いている。
鉄道の弘売とは、下関市の下関駅そばにあった、国鉄の弘済会売店だ。
断定しているが、正式な名称は知らない。
キオスクが「弘済会駅売店」なので、きっとこの漢字だろう。
国鉄が経営。食料品や雑貨を安く売っていた。
職員向けということではなく、一般に開放されていて、うちの母でも買うことができた。
この店のことを下関の人は皆、てつどうのこうばいと呼んでいた。
大丸が下関駅の西口を出て横断歩道を渡った場所にあった頃だ。
シーモールはまだできていない。
今の地図に照らすとシーモールパレスがある辺り。
現在、その場所に鉄道の購買らしき名称は見あたらない。
店は長方形の敷地。
記憶が確かならば、プレハブのような外観。
売場は狭く通路も狭い。
そこに、所狭しと商品が並べられている。
入口側つまり埋め立てられる前の海がある側に採光窓があり、会計レジがある。
バーコードもなく、レジ係が一点ずつ価格を手打ちする時代。
恐らく、レジ前には長蛇の列ができていたはず。
壁の高い位置にもレインコートのような雑貨がぎっしりと展示されていた記憶があるが、当時は写真を撮るわけもなく記憶は定かではない。
子供心にはつまらない場所だ。
母親が早く買い物を終えて、レストランやスポーツ用品売場がある大丸へと河岸を移したい。
せめて、特売のかっぱえびせんの1つでも買い与えてくれれば、その記憶も暖色のものだったに違いないが、生活を切り詰めていた母は、ここに来ると人が変わったように、一心不乱に主婦の買い物に集中した。
薄い青からグレーに彩られた記憶。
鉄道の弘売
昭和を下関で過ごした人の記憶の中にしかない。
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