おめでとう!東京五輪決定!3度めの開催権獲得! 東京五輪の歴史
2013年9月8日5時
ブエノスアイレスの現地時間 7日17時20分
2020年に開催される第32回夏季五輪の開催地が発表された。
東京は、2016年夏季五輪につづいて、2大会連続の立候補。
2度めの開催となる。
1度めの開催は、1964年(昭和39年)
だが、それは開催権獲得2度めでのことだった。
1936年 昭和11年
第12回 1940年夏期五輪の開催地が東京に決定。
これが1度めの権利獲得。
1939年
前年の日中戦争により、多くの国が参加をボイコットする見通しとなり、開催を返上。
1955年
第17回 1960年夏季五輪に立候補したがローマに敗れた。
1959年
第18回 1964年夏期五輪の開催地が東京に決定
得票数:東京34 デトロイト10 ウィーン9
1964年 昭和39年
10月10日、東京五輪開会式
開会式の日付が、その後長らく体育の日となっていた。
開会式の10日前には、東海道新幹線が開業している。
2005年9月
東京都が2016年夏期五輪の招致を表明。
2009年10月2日
IOC総会で 2016年夏期五輪開催地がリオデジャネイロ(ブラジル)に決まった。
それからわずか数日後の2009年10月11日
長崎・広島が共催での立候補を発表。
つづいて翌月の11月9日
石原慎太郎東京都知事が、開催地への立候補を表明。
2010年1月14日
JOCが2都市共催は難しいと判断したのを受けて、長崎市が立候補の取りやめを発表。
これに対して広島市長は取りやめが「当然の流れ」とコメントした。
2011年6月17日
スポーツ基本法が成立したこの日、石原慎太郎都知事が招致を改めて表明。
2011年9月1日
日本としての立候補地が東京に確定。
2013年9月8日
IOC総会で投票
3:57(日本時間)
3つの候補都市が表示されていた画面から、東京が消える。
1度めの投票経過が「マドリッドとイスタンブールのタイブレーク」と説明され、日本の関係者に「落選か?」と戦慄がはしる。
しかし、すぐに「東京は1位で勝ち抜け」だったことがわかる。
東京42 イスタンブール26 マドリッド26 棄権1
4:02
決戦投票 49-45 でイスタンブールが勝ち抜け。
すぐに東京、イスタンブールの決戦投票がおこなわれた。
5:20
開催地発表
封筒を開封したロゲ会長
ロゴマークをカメラに向けて取り出し、ひっくり返したところにかいてあったのは
TOKYO 2020
「とうきょう」
ロゲ会長の無表情で、素っ頓狂な棒読みと、TOKYOの文字を確認した日本に歓喜が爆発した。
一旦は落選?という喪失感を味わっただけに、まさに地獄から天国。
これ以上はないというドラマチックな投票推移となった。
決戦投票は 60-36 棄権1
みなさん、おめでとうございます!
これから、いろいろと楽しくなりますね! ^^)
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