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2013年10月 8日 (火)

FCBarcelona on tour Japan そのまま験を担いでいれば良かったのに

2006年7月
ドイツW杯におけるポルトガルの成績はベスト4。
2013年現在も、この戦果はポルトガルにとって最高位であり、その中心にデコがいたことは誇らしい。
だが、ポルトガル優勝を信じていたデコファンにとっては、もの足らないものだった。

W杯2006ポルトガル代表
デコの2006W杯

2005-06オフシーズン
8月前半の北米ツアーが決定。
CL決勝に勝ち12月にCWCで来日することになったFCバルセロナは、FCBarcelona on tour Japanを見送った。


FCBarcelona on tour Japanは、FCバルセロナがオフシーズンにおこなう日本遠征。
第1回は2004年。
FCバルセロナにとって初めての海外ツアーの遠征先は日本だった。

2005年は2年連続2回め。
6月に「FCBarcelona on tour Japan2005」で来日。
ソシオイベントを開催した。
ところが、このツアーでややこしいことが起こる。
ロナウジーニョが直前になって参加をキャンセルしたのだ。
コンフェデ杯出場のためだ。

FIFAコンフェデレーションズ・カップは、各大陸カップ戦や直近のW杯を制した代表チームを招待するカップ戦。
前回優勝国を招待するという決まりはない。
かつては 2年に1度、欧州各国リーグのオフシーズン(6月頃)に開催されていたが、2005年からは4年に1度、W杯開催前年に、開催地でW杯の予行演習として行われている。

2009年からは、欧州CL、南米リベルタドーレスカップ優勝チームの出場が義務ではなくなった。



当時のFCバルセロナは、サッカーファン以外には現在ほどの知名度はなく「ロナウジーニョがいるチーム」だった。
チケットを売った後に、そのロナウジーニョが来日しないということは、馬場ー猪木戦と謳いチケットを売っておいて、猪木が欠場して馬場ー坂口戦になるようなものだ。


当日来場したファンは埋め合わせとして、FCバルセロナステッカーシートをもらい、それでよしとしたのだが、大人の世界はそうはいかない。
なんと1ヶ月後に、2度めの来日が決まったのだった。

世界的な公式戦の再戦や順延というならばわかるが、たかがプレシーズンマッチ(フレンドリーマッチということもある)
恐らくもう2度とこんなことは起こらないだろう。
ロナウジーニョの威光が全盛だった逸話である。


2005年7月
ロナウジーニョを加えたベストメンバーで当オフ2度めの来日。
東京工業大学でバルサ経営陣が「新生FCバルセロナのマネジメント」と題した講演を行ったので聴講した。


Alfons Godallの講演要旨

・FCバルセロナ経営陣は日本を海外戦略の最重要国としている。
・カタルーニャ文化の使節として、日本のファンに質の高いプレーを見せるためにFCバルセロナはやってくる。

そして最後に「去年もこのシーズンに日本に来てリーガで優勝した。こういうリズムを今後も続けたい」と述べ、リップサービスを忘れなかった。


そうは言っておきながら、FCバルセロナは翌2006年、FCBarcelona on tour Japanを見送ったのである。
そしてその翌シーズン、リーガ制覇に失敗。連覇が止まる。
自分で験を担いでおいて、違うことするから・・

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