デコ、日本で最後の勇姿
2006-07シーズン
バルセロナに来て3年め。
1年めリーガ制覇、2年めCL制覇と階段を一段ずつ上ったデコ。
3年めの階段は、クラブワールドカップ(以下CWC)優勝となる。
そう、デコファンは信じていた。
2006年12月
デコが日本にやって来て、花試合ではない真剣勝負を戦う。
日本のデコファンにとっては最高の1週間。
毎日、横浜に通い、デコの動向を追った。
印象に残っているのは、決勝前日、川崎での練習を終えてバスに乗り込むデコの表情が険しかったことだ。
険しいというより、怒っていた。
その時は、僕らが怒られたのかと思っていたが、冷静に考えればそんなわけがない。
僕らはただ、イムノを歌っただけだ。
でこすけはかざしていたけど・・
察するに、デコはチームの空気がゆるんでいることを怒っていたのではないか。
メディアはロナウジーニョ、デコを対比して持ち上げることに執心し、インテルナシオナルとバルセロナの戦力対比を怠っているようにみえた。
決勝は、ライカールトの指示で前がかりに攻め続けた一瞬の裏を突かれて失点。
0-1で敗れた。
茫然自失で帰宅。
優勝試合をお茶の間でゆっくりリプレーするはずだった録画をチェックした時、目が点になった。
デコが大会MVP、決勝戦MVPに選ばれていたのだ。
前者はまだしも、後者については解せない。
複雑な面持ちで日テレの仮設スタジオに呼ばれたデコ。
恐らく、江川が20勝した年に沢村賞に選ばれた西本聖のような気分だったろう。
2007年5月
リーガ2006-07シーズンは2位に終わり、デコは所属クラブでの国内リーグ連覇が4で止まった。
シーズンオフ、FCバルセロナは例年通り、FCBarcelona on tour Japan で来日。
デコファンは横浜で涙した日以来の再会を期していたが、デコは直前になって来日をキャンセル。
奥さんがブラジルで David君を出産したためだった。
北京まで来ていたのに、日本を飛び越えて帰ってしまったデコ。
デコが引退した今、日本におけるデコ最後のプレー姿は、涙の横浜になってしまった。
2007-08シーズン
FCバルセロナで4年めのシーズン。
デコは故障がちで、シーズンのおよそ半分をリハビリに充てた。
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