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2013年11月12日 (火)

スコラーリの後を追ったデコ チェルシーで待っていた運命

2008年7月
プレミアリーグ チェルシーに移籍
移籍金16億7千万円 3年契約
4年前、FCポルトからホセ・モウリーニョと共に来るはずだったチェルシー。
恩師のモウリーニョは、前年9月に解任されており、もういない。
その代わりに、ポルトガル代表にデコを誘ってくれた監督のルイス・フェリペ・スコラーリと共にやって来た。

サラリーマンの社会で言えば、落下傘で降りてきたお偉いさんの懐刀。
やってきた早々は順風を受けるのだが、得てして周囲は快く思っていないものだ。

日本国内サッカー月刊誌で表紙を飾り、インタビューが掲載されたのはこれが最後となった。
この年のチェルシーのユニフォームは白い襟付き。

サッカークラブチームのユニフォームは、毎年変更されて、1st、2nd、3rdの3種類が作られる。
概ねサッカーのユニフォームは襟のない丸首なのだが、1stは定期的に襟付きになる。

襟付きのユニフォームは、辛うじて町で着られなくもない。
毎年ユニフォームを買い続けるサポーターにしてみれば、時には趣向の違うユニフォームが混じった方が、変化が付いて助かる。

供給メーカーは、2003、2004シーズンは地元英国のスポーツメーカーUMBRO(アンブロ)だったが、2005シーズンよりドイツのadidasに変わっている。

2008-09
シーズン開幕からレギュラー起用される。
開幕月の8月はプレミアリーグの月間MVP。
まさに順風を絵に描いたような英国デビュー。
デコファンは、英国にデコの新しい幸せが待っていたと安堵したものだ。

2008年12月、FIFA CWCで日本にやってきた欧州代表はマンチェスター・ユナイテッド。
チェルシーは、プレミアリーグ同士の決勝で敗れた。

同点のままゲームは延長へ。
延長後半、ドログバが不要なびんたをはって退場。
延長でも決着せず迎えたPK戦5番手はドログバ不在でお鉢が回ってきたテリーが足を滑らせた。
あの時、もしもテリーが決めていれば、デコは青いユニフォームをまとい、2年前の雪辱を期して来日していただろう。

ところが幸福な時はわずか4ヶ月。
チェルシーは調子を落としたことに見切りを付けて1月にルイス・フェリペ・スコラーリ監督を解任。
後任は各国の代表で好成績を収めてきたフース・ヒディンク。
しかも、この時ロシア代表監督との兼務だった。

ヒディンクはデコをほとんど起用せず、4月11日を最後に、故障勝ちと言う理由で一切起用しなかった。

能力のないサラリーマンが、落下傘隊長の後光だけで肩で風を切るのは世の常。
しかし、デコは誰の後ろ盾なくとも、実力でレギュラーを張れる能力を持つ。
ヒディンクがデコを使わなかった理由は、海を渡って伝わっては来なかった。
運がいいとか悪いとか、人は時々口にするけど、デコが後者の道にはまっていくことを、ファンはまだ知らなかった。

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