「ひとつ食べませんか?」と彼女は言った。
岡山から乗ってきた彼女。
名前を聞く理由はないので、名前は知らない。
彼女はデリケートではなくて、放送局狙い。
東京の大学に通っているが、この日は岡山の放送局を受けた帰りだという。
お互いがんばりましょう
互いの健闘を誓い合い、すぐに別れた・・
と言いたいところだが、岡山から東京は4時間はかかる。
互いに漢字の自習に戻っていた。
しばらくして、車内販売のワゴンが通りかかり、彼女はお姉さんを呼び止める。
ジュースとサンドイッチを買った。
りっちか~
感想は博多弁だ。
僕はと言うと、割高感のあるワゴンで何か買うなんてもってのほか。
当時はポカリスエットもなく、水分を摂る必要性を説く人はいない時代。
博多駅で缶ジュースひとつ買ってきていない。
ペットボトル飲料は、まだない。
彼女は漢字問題集を閉じて、お手ふきで手を拭いてから、サンドイッチを1つずつ小さな口に放り込む。
いや、口の大きさは見ていないが、少女のあどけなさが残る慎ましい仕草ということだ。
もちろん、サンドイッチをガン見したりはしない。
それは最も忌み嫌う行為だ。
全然興味有りませんよ。
そんな空気を発散させて、
□□錯誤
試行と漢字問題集に書き込んでいた。
すると、彼女が
「ひとつ、食べませんか?」
と僕にサンドイッチを勧めてくれた。
え゛なんで?
俺、物欲しそうに見えたのか?
1.5秒迷ったが、迷ったことはおくびに出さず
じゃいただきます
と手を出した。
子供の頃、友だちの家がうどん屋さんで
「うどん食べていき」
と言ってもらったのを頑なに拒んで、関係が悪化したことがある。
世の中には誘拐が流行っていて、親から「人からタダでものをもらってはいけない」と言われていたのを誤解したのだ。
恐らく、人からタダでものをもらうのは、これが初めてかも知れない。
子供の頃、人の厚意を無にして気を悪くさせた反省を経て、僕は大人になったのだ。
ここは、厚意を受けることが、非礼を避ける意味で正しい。
1.5秒はこの計算に要した時間だ。
顔かたちは覚えていないが、背格好とことばの調子だけは忘れない。
それは高校1年生の時、となりに座っていた憧れの娘に似ていた。
サンドイッチ1箱はたいした量ではないが、1つくらい手伝ってもらうのが適量ということだのかな。
いや、もしかしたら、男の僕が倍返しでアイスでも買って、ごちそうするのが筋だったか。
数十年たった今、そんなことを思い出す僕は平和だ。
11:42
新神戸発 D席には誰も乗ってこない。
六甲トンネルを出れば、ワゴンが来るはず。
アイスコーヒーとスジャータアイスを買おう。
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