« 靴のプロから習い、靴ひもの正しい締め方がわかった。 | トップページ | ギター一閃 楽屋から現れたリッチー »

2014年1月30日 (木)

レインボー 席の上には決して立たないでください

僕はその日、警備員だった。
以前、このツアーでは北海道のライブで死者がでて、大きく報道されていた。
インターネットがなかった時代ではあるが、新聞をとっていない人がいたとしても、この日、チケットを買って来たファンの誰もが、そのニュースを耳にしていただろう。

警備員の現場は緊張していた。
死人が出るかも知れない。
その可能性が少しでもある催事に立ち会って、締まりのない顔をしていたら、即刻、帰宅命令が出るだろう。

誰もが、心の中で「2度めはないだろう」と思っていても、それを自ら打ち消し、シリアス・モードのスイッチを入れて、この場に臨んでいた。

現場のチーフが、真剣な口調で檄を飛ばす。
「席の上には絶対立たせるな」

"席の上"である。
"席の前"ではない。
この時まだ、コンサートと言えば、佐野元春やJ-WALKなど国内バンドしか経験のなかった僕は、外国ロックバンドの場合、席の上に立つのが当たり前なのだと理解した。

つづけてチーフが言う。
「アンコールは2回。終わったらすぐ客を外に出せ」

この時初めて、コンサートというのは事前にアンコール回数が、スタッフには事前周知されていることを知った。
なるほど。
道理で、これでアンコールは打ち止めとなると、客電があっさり点くわけだ。

客電が点かない限り、次のアンコールが想定されている。
一度、客電が点いてしまえば、それは「はい、おしまい!」の合図ということを、この日学んだ。

つづいて、各自の持ち場が発表される。
僕の配置は向かって右のドア外。
福岡サンパレスは左右、後方のドアが音響・照明効果を勘案して2重ドアになっている。
その外側。

つまり、遅れて来た客がドアを開けた時、場内をのぞき込んでも、そこは真っ暗な廊下。次のドアを開ける前に手前のドアは閉まるので、僕はステージを一瞥すらできない。
アルバイトに来ているのであって、コンサートを見に来ているのではない。
お金を払う側ではなく、もらう側だ。
そうはわかっていても、場内に配置された連中が羨ましい。

なぜかといえば、今日のアーティストはリッチー・ブラックモア率いるレインボーだったからだ。
高校の時、Electric guitarを弾ける友だちが貸してくれた「虹を翔ける覇者」
8分26秒もある「スターゲイザー」にしびれていた。

「開演に先立ちまして、いくつかご注意を申し上げます」
ウグイス嬢による、場内放送ではない。

件のチーフがマイクを握り、壇上から一席ぶっている。

およそ、次のような内容だ。

皆さんご承知のとおり、北海道では痛ましい事故がありました。
本日は関係者の尽力によりこうして開催にこぎつけました。
そこで、皆さんにお願いがあります。

席の上には決して立たないでください。
その代わり、席の前で立つことはかまいません。

おぉ~つ

九州じゅうから集まったレインボー・ファンから歓声が上がる。
通常ならば、チーフが言っているのは、当たり前のことばかりだ。
だが、今夜はいつもの夜とは違う。
かつて、死人が出ているからだ。

冷静さを保ちながら、熱くなる。
言葉としては矛盾しているが、大人の音楽ファンであれば、そうは難しくない。
むしろ、一部の狂乱者に対する抑止効果が出ることは、大多数のファンにとって歓迎すべきことだろう。

やがて、ドアが閉じられて開演の時を迎える。
切符を切るわけでもない。
席を案内するわけでもない。
立ち入り禁止区域を守るといった、クリティカルな使命もない。
突っ立っているだけの監視員。
あっという間に時間は過ぎる。
サンパレスの防音性能は抜群であり、ドアのすぐ外に居るというのに、ほとんど音は漏れてこない。リッチーが弾く「虹を翔ける覇者」は聞こえなかった。

あっという間に、本編が終わった。

つづく

| |

« 靴のプロから習い、靴ひもの正しい締め方がわかった。 | トップページ | ギター一閃 楽屋から現れたリッチー »

音楽」カテゴリの記事