ポルトガル代表の歴史
2014年6月13日、FIFA国別対抗戦(W杯)ブラジル大会開幕。
ポルトガルチームはFIFAランキング4位で大会を迎える。
W杯における最高位は1966年の3位。
これに続くのは2006年の4位。
今大会では決勝に進むことができれば、歴代最高位ということになる。
ポルトガル代表の歴史
1910年5月、FIFA加入が認められる。
1934年
第2回イタリア大会でW杯予選初参加。
本大会出場は成らず。
1966年
W杯初出場。
予選初参加からここまで32年を要した。
グループリーグではブラジルを破った。
ポルトガルはブラジルを得意としている。
2010年大会ではグループリーグで引き分けたが、これはグループリーグ2位通過を織り込んだものだった。
ポルトガルはブラジルの宗主国(そうしゅこく)
ブラジルの母国語を「ブラジル語」という場合、それはポルトガル語である。
2014年大会でブラジルと対戦する可能性
G組1位通過→準決勝
G組2位通過→決勝
準々決勝までは当たらない。
準決勝、決勝で当たることになれば、ポルトガル・ファンにとって大いに期待がもてる好カードとなる。
1986年
W杯2度めの出場、グループリーグで敗退。
2000年
ユーロ2000、3位。
当時は23歳のヌーノ・ゴメスが中心選手だった。
2002年
W杯3度めの出場。
グループリーグD組3位(1勝2敗)グループリーグで敗退。
グループ1位は大韓民国
大韓民国戦は2人が退場させられて0-1で敗戦。
10番をつけたのはルイ・コスタ。
フィーゴを初め欧州選手が不調だった。
2003年1月
2002年W杯でブラジルを優勝に導いた監督ルイス・フェリペ・スコラーリ(ブラジル人)が監督就任。
3月、スコラーリの誘いによりブラジル人のデコが代表入り。
フィーゴがこれを公然と批判した。
直後のブラジルとの親善試合では、デコのFKゴールが決勝点となり2-1で勝利した。
2003-04
ユーロ2004をポルトガルで開催。
初戦の後半からルイ・コスタに替わりデコが出場。
第2戦以降は全戦で、デコがレギュラーでトップ下に入った。
決勝でギリシアに0-1で敗れて準優勝。
2004-05
フィーゴ、ルイ・コスタ、フェルナンドポートが代表引退。
デコ(バルセロナ)、18マニシェ(FCポルト)、クリスチアーノ・ロナルド(マンチェスター・ユナイテッド)、DF16リカルド・カルバーリョ(チェルシー)らが中心となる。
6月4日、W杯予選でフィーゴ(レアル・マドリー)が代表復帰。
2006年
W杯ドイツ大会、ベスト4
2007年2月6日
親善試合ブラジル0-2ポルトガル
2007-08
ブラジル人のペペ(レアル・マドリー)がポルトガル市民権を得てポルトガル代表入り。
ユーロ2008ベスト16
ルイス・フェリペ・スコラーリ監督退任
2008-09
7月11日、カルロス・ケイロス監督就任を発表。
2010年
W杯南ア大会出場 ベスト16。
終了後デコが代表引退。
2012年
ユーロ2012 ベスト4
準決勝スペインにPK戦で敗れた。
つづく
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