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2015年5月18日 (月)

「自分はこういう認識です」と強弁する認識男

「当方は申請を待っているという認識です」

今日も、こんなメールが届く。

取引先から案件が進んでいないことについて確認が届く
相手は「依頼したけれど、その後どうなっているのか?」という語気だ
それに対して、ボールはそちらにあるんですよと応えているのである。
差出人はいつものアイツだ。

「認識男」


認識男は「自分はこう考えています」ということを「認識です」という。


「御社が申請書提出という手順を抜かしているのではないですか」
とは言わず「申請書を待っている認識です」という。


認識の意味は、物事を明確に判断すること。
用例としては「認識を改めます」「認識が甘かったです」というように、自分にも落ち度があったかも知れないという気持ちを滲ませることが多い。

「認識」は謙虚な言葉なのだ。
相手の非を責める、自分に落ち度がないと強弁する場面にはそぐわない。



ではなぜ、認識男は「認識です」と言うのか。
それは次の2つの理由が考えられる。

1,悪いのは相手であり自分に非はないが、相手が怒らないよう婉曲表現したい

2,相手が悪いと思うが、もしかすると自分に非があるかも知れない。だがここでは非を認めるわけにはいかない


認識男は「認識です」と言ってボールを手放す。
ボールを放すという点では「格納男」と同じだ。
そして、相手の出方を待つ。
そこからは「力関係」も左右する。

自分が費用負担側であれば、相手は強く出られない
自分の役職が上ならば、格下の者は黙らざるを得ない
自分が親会社ならば、子会社は親会社を尊重するだろう


したがって認識男は、勝算を見込んで「認識です」を使う。

自分はこう認識していますよ
もしかすると、違うかも知れませんね
でも、あなたはそれを私に言えますか

認識男はそう言っているのである。

言われた側は「にんしきぃ~」とむきーっとなりながらも、それを真っ向から反論できない。
反論すれば喧嘩になるからだ。
サラリーマン人生、できれば揉めずに生きたい。
誰もがそう願っている。
そう、他の誰もがそうであるように。


認識男は今日も認識する。
でも、その認識がずれていることは誰も指摘しない。
謙虚さを失った認識をみせた時点で、人格を見切られているから。

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