2016年開幕戦 高橋由伸に「最後の打席」を!
2008年
開幕から1番を打つ。
シーズン終盤、腰痛で二軍落ちしたため日本シリーズには出場しなかった。
2009年
開幕から二軍でリハビリ。
8月からファーストの練習を開始。
8月28日代打で今期初出場。
2010年
腰痛を抱えているため、代打中心の出場。
2011年
4月、またしても守備で外野フェンスにぶつかり負傷。
2012年
故障なくほぼ毎試合出場で優勝に貢献。
5月16日に放った満塁本塁打は優勝への起点となった。
その日は、2012年から始まった「橙魂」で、初めて来場者全員にユニフォームを配布する日。
交流戦初戦のオリックス戦。
巨人は前日までにようやく勝率5割に戻して臨んだ試合。
ユニフォームを受け取ったファンが、スタンドをオレンジに染め始めていたが、仕事を終えたサラリーマンがまだ入場しきれていない1回裏。
いきなり高橋由伸が満塁本塁打で試合を決めた。
"原巨人"絶頂の1年。
交流戦、リーグ戦、クライマックス、日本シリーズ、アジアシリーズの五冠を制したのはプロ野球で初めてだった。
(原辰徳は監督としてWBCも制覇)
「高橋由伸で勝った1年」を探すならば、この年だが、4番で50発(2002年)の松井秀喜と較べると見劣りがする。
2015年
原監督最後の年。
代打では.395 の高打率を記録した。
原辰徳退任に伴い、後任監督を打診されて受諾。
それと同時に現役引退を決断した。
巨人ファンは、高橋由伸最後の打席を大歓声で見送るという記憶を獲得し損ねた。
未練がましいかも知れないが「最後の打席」に悔いが残る。
できれば2016年シーズン開幕戦。
1日だけ支配下登録して、打席に立てないものだろうか。
谷繁元信が最多出場記録を達成したのを境に、監督に専念したように。
ファンあってのプロ野球。
ファンあっての讀賣巨人軍ではないか。
松井秀喜で勝った2002年
高橋由伸で勝った2012年
監督はいずれも、原辰徳。
このペースで行くと、巨人ファン至福のエポックイヤー、次は2022年だが、そんなに待ってはいられない。
高橋由伸の元"誰々で勝った一年"を作ってくれるスーパースター候補を入れなければならない。
それは生え抜きで四番を打つ左打者。
現在の70人には候補が見あたらない。
(おわり)
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