手術の夜 死闘から一夜明けた朝の誓い
僕につながった心拍モニターはさっきまで、ぴっぴっという安定した発信音を告げていた。
だが、ここに来て風雲急を告げている。
「ぴんぽんぴんぽん」
それを振り返ったインターン男子。
少し考えて、そのまま立ち去ってしまった。
なんね、行ってしまうとね?
テレビの医療ドラマでは、ICUでこの音が鳴ると、心臓マッサージが行われる。
看護師が医師を呼びに行き、押っ取り刀で駆けつけた医師の両手には電極。
「下がって」
と医師が言うと、電極が患者にあてがわれて、ばふっと身体が浮く。
生命の存亡を分ける、ぎりぎりのドラマ
そんな、イメージがよぎる。
だが、僕のICUには何のドラマも起こらない。
「ぴんぽんぴんぽん」
という音が鳴り響く以外、辺りは極めて静かだった。
誰かを呼びに行ってくれたのかな?
という期待に反して、次に彼がやってきたのは、その次の定期巡回だった。
いったいどういう基準でモニターの音が変わるのかは、わからないが、とりあえずは典型的な「テレビの見過ぎ」だったということになる。
あの、ぴんぽんぴんぽんはなんだったんですか?
松浦鉄道のたびら平戸口駅で駅員にぶつけたような質問を、ICUで看護師にぶつける気にはなれなかった。
頭上の計器を見上げた時、その先に掛け時計があることに気づいていた。
長針と短針がまっすぐに起立している。
6時か
生まれ育った九州に較べて、こちらでは陽が早く沈む。
その分、東京の朝は早い。
直接陽は入らないが、廊下のほうから漏れてくるほのかな光は、手術翌日の朝が来たことを知らせている。
一睡もできなかった。
生まれて初めてのことだ。
父の通夜で寝ずの番をした時ですら、明け方には兄が替わってくれて、数時間寝ることができた。
手術そのものでは体力を使ったという実感はないが、手術明け、このひと晩はぼろぼろに疲れた。
まさに死闘
ようやく朝が来て、もう眠らなくていいんだということに安堵する以外、なにひとつ僕を希望に導いてくれる要因はみつからなかった。
前もって、こんなに辛いという話は聞いていない。
だが聞かなくてよかった。
聞いていたら、手術前がずっと憂鬱だったに違いない。
今日の僕は、プロ野球選手。
二軍から一軍に呼ばれて、ベンチに着いたら「スタメンで行くぞ」と言われたようなものだ。
突然、目の前に現れた壁に必死で立ち向かう以外ないという状況に放り込まれる。
そしてただ、がむしゃらに立ち向かった。
それは、結果論でいえば幸せだったかも知れない。
そして、この朝の僕はこう考えていた。
この苦しさを乗り越えたのだから、この先どんな苦しみでも乗り越えられる。
血しぶきが飛び散った白いスコッティのティッシュ箱は、退院後もずっと目の届く位置に置いてある。
なくなったら、中身を詰め替えて。
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