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2015年11月 5日 (木)

他人の前で「大」をしたことはない

いったい、どういう原理で僕の身体からおしっこが出ているのか、わからない。
できれば、誰かが教えて欲しい。
でも、この時僕が畏れていたのは「大」意だ。

さすがに「大」は細い管を通って、どこかに収まるということはないだろう。
その時、それはどのようにすればいいのか。
なすがままに放出して、それを看護師が片付けてくれる?
考えただけでぞっとする。

恐らく、すみません「大」をと遠慮がちに言うと、マニュアルに沿って何らかの手段がとられるのだろう。
しかし、それは誰にも見られず個室空間で行えるようなものでは、きっとない。
両手、足下、あちこち
この時、僕の身体には無数とも思えるような管がつながれていたのである。


これまでの生涯で、物心着く前を除くと、他人の前で「大」をしたことは1度もない。

それを自ら許せない。
その正体は自尊心?
みっともないという羞恥心?
それとも、ええかっこしぃの虚栄心?

「大」が来たらどうしよう?という恐怖心
なんとしても、それは避けたい。
そうだ、意識すれば変えられるのではないか?

これまでもそうだ。
マラソンレースに臨む朝、レース直前に並んだトイレでは決まって一定の「大」意がもたらされる。
そして、レースを終えるまでの間、それは訪れない。

意識の中から「大」を消すことに務めた。
正確に言うと、ICUを出るまでの間、僕の脳は「大」を指令しない。
そう心に決めた。


数分に1度のペースで、血の塊は着実に降りてくる。
ここで苦しいのは、両方の鼻は完全に詰め物でふさがれているということだ。
経鼻内視鏡頭蓋底手術により、腫瘍を取り除いたばかりの身体。

ICUと言えども、精密部品工場のように無菌室というわけではない。
そこには、病棟や診察室からやって来た医師や看護師も入る。
恐らく、一定期間、外気を吸い込まぬよう鼻はふさがれているのだ。

それらの詰め物が取り除かれるのは、通常であれば術後2日。
だが僕の場合違う。
耳鼻科でのやりとりを聞く限り、2日めは日曜日に当たるため、3日後になると聞いている。


呼吸ができる唯一の気道を閉じて、塊を吐き出すために準備をする。
残り枚数を心配しながら、慎重にティッシュを抜き取って、そこに吐き出す。

どれくらいの量が出ているのか、血の塊を視認する。
大きな塊の時もあれば、わずかな塊が粘液に浮いている時もある。


大量の粘液が降りて来た時は、その動作が間に合わず、血を吹くんだ液体が口の周り、首のあたりを浸す。
この時の映像がもしあるとしたら、僕は口から血を吐いて横たわる、まさに瀕死の病人に見えただろう。

こういうのって、普通なのだろうか。
少し不平が口をつく。
でもここは、夜中に一人きりのICUであり、誰も聞いている人は居ない。

なぜか僕はこの時、我慢強かった。
いつでも押せるよう、ナースコールは右手にしっかり握られている。
これは命綱だ。
MRIで恐い思いをして以来、このボタンを右手に持たせてもらうまではゴーサインを出さない。

できればすぐにでも押して、看護師を呼びたい。
牧野医師が「予定通りだ」と言ったことはもう忘れていた。
今この僕の状況が"想定の範囲内"なのか、専門的な意見が欲しい。

だが、思いとどまっている。
確かに苦しい。
誰かに助けて欲しい。
でも頭痛がひどくて頭が割れそうだとか、意識が朦朧としているといった危機的なものではない。
命綱はもっと、ぎりぎりの状況に押すものだろう。

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